日本産業衛生学会 中国地方会
地方会ニュース 第29号(平成29年4月)
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振動障害の動向

鳥取大学医学部健康政策医学分野
黒沢 洋一 
 わが国で、振動工具を使用する作業者は百万人と推定され、振動工具に起因する振動障害は主要な職業性疾患の一つである。振動障害は、業務上疾病として1970年代前半、年間2000人以上の新規認定患者がみられたが、その後、振動工具の低振動化、林業、鉱業、製造業での健康管理が進み急激に減少した。しかしながら、現在でも年間2百名以上の新規認定患者が発生し、建設業では依然として減少していないなど、振動障害は現在でも大きな課題である。この10年間で振動障害に関して注目すべき動きがあった。振動障害予防対策の新指針(2009 年)と振動障害の診断ガイドライン2013(日本産業衛生学会振動障害研究会)である。この2つについて簡単に紹介したい。
振動障害予防対策の新指針
 新指針は、下記の 4 つの指針からなる。
1 振動障害総合対策の推進について(平成21年7月10日付け基発0710第4号)
2 チェーンソー取扱い作業指針について(平成21年7月10日付け基発0710第1号)
3 チェーンソー以外の振動工具の取扱い業務に係る振動障害予防対策指針について
(平成21年7月10日付け基発0710第2号)
4 振動工具の「周波数補正振動加速度実効値の3軸合成値」の測定,表示等について
(平成21年7月10日付け基発0710第3号)
 これらの新指針では,これまでの原則として1日2時間以下のような作業時間だけの管理ではなく,振動強度(周波数補正振動加速度実効値の3軸合成値)と「1日の振動ばく露時間」から作業管理を実施するよう大幅な変更を行われた。これは、国際標準化機構(ISO)や日本産業衛生学会の考え方に基づくものある。様々の周波数の異なる工具の振動の強さを共通の尺度で評価する周波数補正振動加速度実効値が提案され、その値とこれまでの産業疫学研究結果と組み合わせて振動障害の発症(白ろう指)までの振動曝露期間を求められる基準が示されている。この基準を用いれば、振動障害を発症させる各工具の一日の使用時間、年数を簡便に推測でき、予防対策案が立てやすくなった。下記のような式で示される日振動ばく露、A(8) エイエイトと呼ばれる値を算出する。a は、周波数補正振動加速度実効値の3軸合成値で、その工具の周波数を考慮した振動の強さに相当し、今回の改正で振動工具製造者に表示が義務付けられた。Tは、一日の使用時間である。
 例を挙げよう。ある工具ミニサンダ―の周波数補正振動加速度実効値の3軸合成値は5.2m/S2あった。これを、1日8時間使用するとA(8) は、5.6である。現在、日振動ばく露限界値5.0m/S2(数年間使用しても、白ろう指の発生がないと推定される基準)が定められているので、これを超えないようにしなければならない。そのため、使用時間を、6時間以下にしなければならない。建築業の破砕作業で用いるハンドブレーカーは合成値15.0m/S2を超える強振動のものもあり、その場合には1時間以内の使用に限られる。目標として、A(8)2.5m/S2(十数年間使用しても、白ろう指の発生がないと推定される基準)以下になる努力が求められており、日振動ばく露限界値5.0m/S2を満たしてもさらに振動の低減化や使用時間の抑制に努める必要がある。労使ともに、この簡便な指標に基づいて振動障害作業管理に役立てることができる。また、周波数補正振動加速度実効値の表示が義務付けられたので、振動工具製造者はいっそう低振動化に努めることが求められている。
振動障害の診断ガイドライン2013(日本産業衛生学会振動障害研究会)
 わが国における振動障害の診断体系は30年以上前に確立され、労働省通達として国内で広く使用されてきたが、この間の振動障害の軽症化、加齢の影響に加え、振動障害診断研究の進歩、臨床医学における診断方法の新しい研究成果も踏まえて、振動障害の新しい診断体系を検討するため、診断体系に関するワーキンググループが組織された。その成果が「振動障害診断ガイドライン2013」として公表された。
 まず振動障害の定義として「振動障害とは、工具・機械・装置などの振動が主として手腕を通して人体に伝達されて生じる健康障害をいう。・・・通常、障害はまず振動に直接曝露される身体部位の症状として始まる。主要な障害は、上肢の末梢循環障害、末梢神経障害、筋骨格系(運動器)障害である。自律神経系などの全身調節系を介する影響が障害を修飾することや、随伴因子の影響も加わって聴力障害や腰痛などの上肢以外の症状を伴うことがある。」が提案された。
 次に、職場での振動障害予防のための健康管理としての健診は、1次健診と2次健診で構成することが提案された。従来の振動障害特殊検診は、問診項目が多く、特殊な検査項目多数あるために、一度に多くの作業者が受診できるものではなかった。そこで、1次検診は、産業現場で幅広く、多くの作業者が受診できることに主眼を置き、簡略化(必要最低限の問診と常温化の皮膚温、振動覚閾値検査等に限定)された。2次健診は、振動障害としての臨床診断と経過観察に使用できる内容を持つものでより詳細な問診、各種検査が行われるが、検査の診断有効性に関するこの間の研究の蓄積を反映した内容とし、わかりやすい判定基準や新しい症度区分および総合評価、健康管理区分が提案された。さらに2次健診において診断が困難な場合には精密検査を実施するとした。精密検査には、冷却負荷指血圧検査、温冷覚検査、segmental神経伝導速度等が加えられた。
 尚、振動障害の診断ガイドライン2013は、現時点の知見に基づいたものなので、今後も継続した検討が必要であることはいうまでもない。
 以上、振動障害の近年の動きについて述べたが、概略しか紹介できていないので、詳細は各資料を参考にしていただきたい。
 このように新しい予防指針や診断ガイドラインが出されてはいるが、十分に活用されているとは言えない。普及する側の産業衛生関係者においても周知されているとはいえない。その背景には、産業衛生関連の研修会等で、振動障害がテーマとして取り上げられる機会が、近年少なくなったためと考えられる。冒頭にも述べたように、振動障害は現在でも大きな産業衛生学上の課題である。1~2年に一度は産業衛生研修会等で振動障害をテーマとして取り上げていただきたいと思う。
第60回中国四国合同産業衛生学会(鳥取)のご報告
第60回中国四国合同産業衛生学会 学会長

鳥取大学医学部健康政策医学分野 
黒沢 洋一  
 第60回中国四国合同産業衛生学会を「次世代の労働者の育成と健康管理」をメインテーマとして、平成28年11月26日(土)から27日(日)まで鳥取県米子市・米子コンベンションセンターにて開催いたしました。鳥取県米子市では第50回中国四国合同産業衛生学会以来、10年ぶりの開催地となりました。約180名の参加をいただき、盛会裏に閉会しました。ご参加いただきました会員の皆様や、ご協力いただいた関係者の皆様に、心より感謝いたします。
 11月26日の部会研修は4つのセッションが同時に進行しました。まず、産業医部会研修会では、約40名の参加があり、「介護施設の腰痛の予防と治療について」をテーマにした宇土 博先生(友和クリニック)によるグループ実施研修が行われました。続いて、杉原 由紀先生(高知県庁職員厚生課)より「アクションチェックリストを使った職場環境改善」のご講演をいただきました。産業看護部会研修会では、約80名の参加があり、「これからの産業保健師に期待される役割と専門性の向上~ストレスチェック義務化から1年を経て産業保健師の役割を考える~」をテーマに、徳永 京子先生(合同会社チームヒューマン代表 一般社団法人 日本開業保健師協会理事)よりご講演いただきました。産業衛生技術部会研修会は、約20名の参加があり、「化学物質ばく露の「見える化」(化学物質のリスクアセスメント)」をテーマに、竹内 靖人先生(中央労働災害防止協会 大阪労働衛生総合センター)より「ばく露の「見える化」を可能にするビデオばく露モニタリング」、海福 雄一郎先生(株式会社ガステック)より「簡易測定機器を用いる場合のリスクアセスメント手法・手順について」のご講演をいただきました。産業歯科保健部会研修会では、約10名の参加があり、「ストレスと歯科口腔疾患」をテーマに大町 健介先生(島根県歯科医師会専務理事 大町歯科医院 院長)より「メンタルヘルスと口腔機能の改善」、竹内 倫子先生(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科予防歯科学分野助教)より「歯科診療室におけるストレス評価の試み- STAIと心拍変動を使用して-」のご講演をいただきました。
 17時から中国地方会役員会、四国地方会役員会が開催され、18時より合同役員会が開催されました。その後会場をワシントンホテルに移し、18時30分より、懇親会が開催され、日本海の海の幸をいただきながら、中国四国地域の産業衛生学会員の親睦を深めることができました。また、来賓あいさつでは、ストレスチェック制度など新しい産業衛生活動の展開など、今後の産業衛生活動への期待が寄せられました。
 翌27日には「次世代の労働者の育成と健康管理」をメインテーマに、引き続き中国四国合同産業衛生学会を実施しました。午前中には、12の一般演題の口演があり、職域の安全対策、健診、保健指導、ストレス対策などの健康管理に関する取組、鳥取産業看護研究会の現状と課題に関する報告など、熱心な議論がなされました。午後からは、「近年の職場のメンタルヘルスの課題 ~若年層を中心とした発達障害者へのかかわり~」を原田 豊先生(鳥取県立精神保健福祉センター所長)にご講演いただきました。若い労働者の「うつ」、発達障害など今日的課題をわかりやすくご講演いただきました。参加者の関心も高く、質問も多く出され、職場でのメンタルヘルス活動に大変有意義なものでした。「次世代の労働者の育成と健康管理」に関する大きな示唆をあたえていただいたと感じます。
 最後になりますが、参加された多くの皆様と、協力いただいた諸先生方、関係諸機関に御礼申し上げるとともに、中国四国合同産業衛生学会の今後益々の発展を祈念いたします。
第26回日本産業衛生学会全国協議会を開催して
企画運営委員長 久保田昌詞
大阪労災病院 治療就労両立支援センター
運営実行委員長 中西 一郎
東レ株式会社 滋賀事業場 健康管理センター

久保田昌詞(写真左)/中西 一郎(写真右)
 昨年9月8日(木)から 10日(土)の3日間、京都テルサ(京都市南区)で「第26回日本産業衛生学会全国協議会」を開催致しました。過去25年間、産業医部会・産業看護部会・産業歯科保健部会主催の「産業医・産業看護全国協議会」と、産業技術部会主催の「産業技術部会全国大会」が別々に開催されていましたが、今回初めて4部会合同で開催されたものです。このため、「日本産業衛生学会」を冠する初めての「全国協議会」となり、このことは近畿地方会として大変光栄に感じました。

 メインテーマは「変革期を迎えての産業保健の協働」としました。「メンタルヘルス」や「非正規雇用」、「がん患者等の治療・就労両立支援」、「夜勤・交代勤務」、「データヘルス」、「健康経営」などをサブテーマとし、産業保健に関わる様々なステークホルダーの協働をいかに進めていくべきかという視点から12のシンポジウム、7つの教育講演、計13の事業所・会場内実地研修を企画しました。「全国協議会」は「実践」を重んじる学会とする方針であること、また、今後の「全国協議会」のモデルとならんことも目指して、。「ストレスチェック」・「ダイエット」・「非正規雇用」・「データヘルス」の4つのシンポジウムは、演者を公募してグッドプラクティスを報告してもらうセッションとして企画しました。さらに、技術部会企画が企画し、産業技術部会の河合俊夫先生(関西労働衛生技術センター)と田中茂先生(十文字学園女子大学大学院)が実施された産業医向け・産業看護職向けの会場内研修は4部会合同開催の意義を体現するものでありました。
 メインシンポジウム「変革期における協働」で、産業医部会長斉藤政彦先生(大同特殊鋼株式会社)は、産業医のマンパワー不足からストレスチェックなど増大する社会的ニーズに応えられていない現状を変えていくには、産業医の業務を就業判定などの重要な判断業務、事業者への意見を述べるなどの責任の重い業務に特化し、関係する他職種と連携協力して他の業務を代行してもらう方向性を示唆されました。産業看護部会長五十嵐千代先生(東京工科大学医療保健学部)も「全ての労働者に等しく産業保健サービスを提供する」というILO161号条約に現状では違反しており、「産業医制度の在り方検討会」で議論されているような産業保健専門職のチームによる支援や、韓国のような事業場のニーズにあった専門職を選任する法制度の検討の必要性を強調されました。産業歯科保健部会長加藤元先生(日本アイ・ビー・エム健康保険組合)は他の職種との連携のもとに全身の健康づくりへの一環として産業歯科保健サービスを展開していくことの重要性を述べられました。産業技術部会長加藤隆康先生(豊田労働基準協会)は、「安全で快適な職場環境を形成し、安心して働くことのできる職場をつくる」ことが技術部会の目的であること、産業保健業務も安全と同様にライン化を推し進め、ライン管理者と産業保健職が協働して従業員の健康管理に当たる方向性も示されました。演題数57題のポスターセッションを含めて多くのセッションで熱意あふれるご講演・ご発表、問題の本質を深く掘り下げるような活発な討論が展開されました。
 懇親会では千年以上の歴史を誇る「祇園囃子」の白熱した演奏をお聞き頂きました。夜遅くまで会員同士の交流が続きましたが、最期に、本年11月23日から25日にかけて高知市で「大規模災害に備える産業保健」をテーマに開催される第27回全国協議会の企画運営委員長菅沼成文先生(高知大学副学長・教授)、運営実行委員長杉原由紀先生(高知県庁)との引き継ぎセレモニーを行ないました。
 三日間の参加者は当初の期待を超える1,114人となり、初の4部会合同「全国協議会」は大過なく閉会しました。会員の皆様のご支援・ご協力にも改めて厚く御礼を申し上げます。
第27回日本産業衛生学会全国協議会の開催について
第27回日本産業衛生学会企画運営委員長 
菅沼成文
(日本産業衛生学会四国地方会長)
(高知大学副学長・教授)
 今年の日本産業衛生学会全国協議会は11月23日から25日の日程で、高知市において開催させて頂くことになりました。高知県は常に南海トラフによる震災の危険にさらされており、毎日のニュースの際にも震災一口メモなる情報も流されています。こうした土地柄もあり、「大規模災害に備える産業保健」をテーマにこれまで被災した経験をお持ちの産業保健関係者にお話をいただき、未来に備える知識の集積を行って参りたいと考えています。メインシンポジウムには、尾崎正直高知県知事にもご登壇頂き、県行政の立場からも災害に備えてきたこれまでの取り組みにも言及して頂く予定です。
 さて、高知は海の幸、山の幸に恵まれ、清流が流れる米所であるということもあり、協議会が開催される11月は戻り鰹のおいしい時期であり、新酒も出回る季節です。協議会恒例の研修会には土佐の造り酒屋にも協力をお願いしました。今回の学会では、ランチョンセミナーはご用意しておりませんが、学会場から歩いて回れる範囲内に土佐の新鮮な魚介や土佐あか牛など飲食店がふんだんにあります。お昼休みは十分に取ってありますので、是非、ご堪能下さい。学会の初日には学会場のすぐ前で木曜市が開かれていますし、学会終了の翌日は日曜市がお城前の追手筋で開かれています。山内家下屋敷跡の三翠園で開かれる懇親会では鰹のたたきの実演と高知らしい出し物をご準備してお待ちしています。是非、ご参加ください。
 最終日には中国地方会と四国地方会が毎年合同で行っている中国四国合同産業衛生学会を和田安彦学会長の下、この協議会との合同開催として同じ会場で開催致します。中国四国合同産業衛生学会では毎年、産業医部会、産業看護部会、産業衛生技術部会が会員向けの研修会を開いておりますが、中国四国合同産業衛生学会と協議会の両方への参加割引も準備していますので、是非、ご検討ください。
 日常から抜け出した南国のパラダイスのような環境の中で、産業保健の研鑽をしていただきながら、英気を養っていただけるような協議会にしていただければ幸いです。なお、カシオオープンと日程が重なっているためホテルを早めに予約されることをお勧めします。
第27回日本産業衛生学会全国協議会(高知)のご案内
第61回中国四国合同産業衛生学会(高知)のご案内
第61回中国四国合同産業衛生学会 学会長
和田 安彦
高知県立大学健康栄養学部・教授
 以下の様に第61回中国四国合同産業衛生学会を開催したいと思います。今回は第27回全国協議会と重ねての開催となりますので、例年とは異なる日程となりますが、多くの皆様のご参加をお待ち申し上げます。  
日時:平成29年(2017年)11月24日金曜日〜11月25日土曜日
会場:高知県立県民文化ホール(高知市本町4丁目3-30)
メインテーマ:「産業保健における疫学データの活用と倫理」
 近代日本の産業保健の歴史における世界に誇れる業績として、軍隊における脚気の原因を突き止めた高木兼寛の疫学研究があります。これ以降も疫学的手法が産業衛生の問題解決、特にリスクの把握と要因の特定に力を発揮してきました。しかしながら昨今は個人情報保護法の適用の混乱等により、職場健診や健康管理業務で生まれるデータの活用が十分に行いにくい現状もあります。さらに一定年で廃棄しなくてはいけない、との思い込みから、勤労者にとっても貴重なデータが失われている(保全されていない)という現実もあります。このような中、個人情報保護法が一昨年12年ぶりに改正され、病歴等の要配慮個人情報がより厳しく管理されることになりそうな反面、ビッグデータ等を匿名加工情報にして積極的に利用していこうとする動きもあります。さらに、昨年1月から全国がん登録制度が始まり、健康情報活用の機運も高まっていると思います。一方、個人情報保護法の適用除外とされている学術研究の倫理指針についても、一昨年12月に「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に統合・改正され、研究倫理・審査の考え方も若干変わりまた。
 そこで、本学会のシンポジウムでは産業保健における疫学調査・研究の重要性を概観するとともに、産業保健現場で生まれる健康情報の活用の先進事例、研究倫理審査の現状と課題、法的な問題等について専門家と実務者を交えながら討論を行い、あるべき健康情報の活用に関する方向性を見いだしたいと考えています。
11月24日金曜日(時間は予定です)
全国協議会との合同シンポジウム
日時:9時~11時
会場:オレンジホール(1000/1500人収容可)
メインテーマ:「産業保健における個人の健康情報の保全・活用と倫理」
全国協議会との合同懇親会(18:30~、学会場隣接の三翠園)
11月25日土曜日(時間は予定です)
一般演題:9時~(口演)
役員会等:11時~
総会:13時~
全国協議会との合同企画 市民公開講座:13時30分~
各部会の研修会:14時~
トピックス
田邉 剛
山口大学医学部医学科公衆衛生学・予防医学
 今回、新しい早期がん診断法について紹介します。これは血液5ml から複数のがんのリスクを判定する “「アミノインデックス」がんリスクスクリーニング (Aminolndex ⑧ CancerScreening :AICS) “ という検査で、味の素株式会社で開発されたものです。人間ドックや健康診断での導入が増えており、産業衛生学会でも毎年セミナーが行われています。われわれの教室では約9 千人を対象にスクリーニングを行ってきました。
 これまで肝疾患、糖尿病などに罹患すると多くの場合、代謝のバランスが変化し、血液中のアミノ酸濃度が変化することが報告されています。近年、大変興味深いことに、大腸がんや肺がんなどのがんの種類毎にアミノ酸の濃度比が異なるパターンを示すことが明らかになりました。AICSは、血液中の19種類のアミノ酸を測定し、個々のアミノ酸濃度のバランスの違いを統計的に解析することで、がんに催患しているリスクを予測する検査です。
 従来の腫瘍マーカーと比較して特徴がいくつかあります。一つは早期がんの段階から判定できる点です。腫瘍マーカーが進行期になってから陽性率が上がるのに対し、AICS はstage0やIの段階から進行がんとほぼ同等の陽性率を示します。他の特徴として、様々な組織型で高い感度を示す点です。胃がんについては、ベプシノゲン検査で検出が難しい組織型(低分化腺癌、印環細胞癌)でも同等またはより高い感度が得られています。肺がんは組織型が多様であることから、これまでの腫蕩マーカーはそれぞれの組織で高い特異性を示す異なるものが用いられており、また細胞診は扇平上皮癌以外の組織型は検出率が十分ではないことが知られています。それに対して、AICSでは腺癌、扇平上皮癌、小細胞癌のいずれについても同等の感度を示しました。また大腸ポリープや萎縮性胃炎に対しては低い陽性率を示しています。
 検査結果はそれぞれのがん毎にランクA、B、Cで報告されます。最もハイリスクのランクCの場合、陽性的中率は胃がん、肺がん、大腸がんでそれぞれ約0.9%、0.6%、0.7%です。リスク比はランクCでは4倍から12倍、ランクBでは1.3倍から2.1倍、ランクAでは0.2倍から0.7倍程度になります。
 現時点でAICSには健康保険は適用されず、検査費用は医療機関によって異なります。男性AICS(5種:胃がん、肺がん、大腸がん、前立腺がん、膵臓がん)と女性AICS(5種:胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、膵臓がん、子宮・卵巣がん)は約2万円、女性AICS(2種:乳がん、子宮・卵巣がん)は約8千円で実施されています。膵臓がん検査は以前入っていませんでしたが、最近の急増により、2015年から加えられました。
 働き盛りのがん死亡を減少させるために、がん検診の重要性が強調されています。しかし実際に全員が内視鏡検査を受けると、医療機関はパンクするでしょう。その前段階でのスクリーニングとして、1回の採血で簡便に多種のがんのリスクを判定できるAICSの有用性が期待できます。
平成28年度第4回理事会報告
理事
宇土 博
第4回理事会の主な事項の報告をします。
日 時:平成29年1月7日(土)13:00 ~ 17:00
場 所:公衛ビル
1)学会誌の制作と運用について・・・論文掲載が有料になります。
 Journal of Occupational Health のオープンアクセス化の計画について収支見込みに基づく論文掲載料(案:会員6万円、非会員8万円)や運用スケジュール(平成29年9月運用開始予定)が説明された。投稿数増加に伴う査読の負担や、論文の質の維持について議論された。論文掲載料と運用案スケジュールは承認された。次回総会において編集委員会から報告される。
2)第91 回日本産業衛生学会準備状況報告
 第1 回目の企画運営委員会を開催し、テーマは「悠かなる産業保健-人と科学技術の連鎖-」と決定したことが報告された。プログラム等の準備を進めている。
 学会講演集のアプリについて、費用削減のため学会本部で今後も継続使用可能なアプリソフトを作成することが提案され検討課題とすることとした。機能や活用率等を調べることとされた。
3)専門医制度委員会報告   
 登録者数(指導医398名 専門医209名 専攻医264名)が報告された。旧制度での専門医試験が終わり、平成29年度からの専門医試験は、専攻医試験の合格者だけが受験可能となる。平成29年度以降の専門医資格認定試験実施要領が検討されていることが報告された。
4)社会医学領域の専門医制度に関する協議会報告
 平成28年12月に社会医学系専門医協議会は法人化され「一般社団法人 社会医学系専門医協会」となったことが報告され、定款や理事、事業計画と収支予算等が紹介された。設立時負担金として、本学会は45万円を負担する。現在までの専門医・指導医の本学会員からの申請者数(167名)が報告され、更に積極的に申請を周知していくことが呼びかけられた。
 厚生労働省健康局健康課からは、都道府県や保健所設置市の衛生主部(局)にこの制度の意義を伝え協力依頼をしており、自治体の活用が加速していることが説明された。
産業医部会報告
中国地方会 産業医部会 幹事
山本 真二 
日新製鋼(株)周南製鋼所診療所
 産業医部会では、毎年秋に開催される中国四国合同産業衛生学会の中で産業医研修会「職場改善ワークショップ」を開催しています。今年は、2016年11月26日(土)、27日(日)に鳥取県米子市で開催されました。中国産業医部会からは、友和クリニック 院長 宇土 博先生による「介護施設の腰痛の予防と治療について」、四国産業医部会からは、高知県庁 産業医 杉原 由紀先生から「アクションチェックリストを使った職場環境改善」のテーマについて、各々グループワークを行い職場改善のノウハウを学びました。今回は34名の参加がありました。
 宇土先生からは、介護施設の概要、職場の問題点( 腰痛等)、腰痛発生の原因、厚生労働省の腰痛対策の通達等について説明の後、現場課題作業(介護現場課題7例、調理現場課題4例)の提示がありました。引続き、グループワークを行い、改善案(低コスト3万円以下の改善案と高コスト改善案)を纏め、各班から発表を行いました。低コスト改善として、スライダーの利用、腰痛ベルトの使用、腰痛体操の実施、衛生教育等が発表されました。高コスト改善として、移動用リフト、ロボットスーツ、電動高さ調整ベッド、人手を増やす等が発表されました。最後に、宇土先生より現場課題作業に対して、実際に行った具体的な改善対策について写真を使って説明がありました。近年、災害性腰痛は業務上疾病の6 割を占めており、福祉・医療分野において腰痛の発生件数が増加傾向にあります。厚生労働省からも平成25年6月に改定した「職場における腰痛予防対策指針」が出されています。産業医として福祉・医療分野の嘱託産業医業務が今後増加すると思われますので、今回のワークショップは時期を得た内容であったと思います。
 次に、杉原先生からは、ご自身が産業医をされている高知県庁で取り組まれてきた職場環境改善「職場ドッグ」の概要説明がありました。加えて、全国で行われている職場環境改善の具体例、アクションチェックリストの活用例等の説明がありました。職員が働きやすく、居心地がよいと思える職場を目指して、仲間どうしですぐに改善に取り組むことができるのが「参加型職場環境改善 : 職場ドック」であり、メンタルヘルス不調予防のためにも大きな効果が期待されます。一昨年より始まったストレスチェック制度においても集団ごとの分析で高ストレス職場に対して職場環境を改善するための必要な措置を講ずることが求められています。グループワークでは、職場ドックチェックリストの活用演習と意見交換を行いました。具体的には「個人用ワークシート」を用い、自分の職場をレビューして職場において職員が健康的に快適で働きやすい職場づくりに役立っているよい点3つ(職場環境 ・ ストレス対策を含む働きやすさをもたらしているもの)と改善したい点3つ(働きにくさをもたらしているもの)を記入し、ワークシートの手順に沿って各グループで纏め発表を行いました。
 今回のグループワークのテーマは腰痛と職場環境改善(結果としてメンタルヘルス対策に繋がる)に関する内容でした。腰痛もストレスとの関連が強いと言われています。ストレスチェック制度が義務化され、産業医はメンタルヘルス不調者への対応に加え、高ストレス職場への対応を求められますので、今回のグループワークは大変貴重でした。今後とも会員の皆様の積極的な参加を期待しております。
産業看護部会報告
鳥取県立精神保健福祉センター 次長
渡部一恵
 第60回中四国産業衛生学会が平成28年11月26日から27日の2日間、鳥取県米子市のコンベンションセンターにて開催されました。今回のテーマは「次世代の労働者の育成と健康管理」ということで、近年、職場におけるメンタルヘルス対策は緊急かつ重要な課題となっており、職場環境も複雑化し、ストレス要因も複雑にかさなり、メンタル不調者の対応については、 従来の対応では難しい現状となっている。また、ストレスチェックの法制化により、より一層、産業看護の役割は大いに期待されるといえる。
 そこで、今回は、鳥取県では、小さな県で規模も会員数も少ない中、鳥取大学の黒沢先生を中心に企画会議をし、鳥取県らしい企画で、目的をしぼり、コンパクトに開催することとなりましたが、多くの方の参加があり、皆さまには感謝申し上げます。
 さて、初日の世話人の情報交換会では、晴天となり、会場の窓から、伯耆富士といわれる大山が美しく眺めることができ、情報交換会は、活発な意見交換がされました。各県それぞれが、その特性と歴史をいかしながら、会員の確保や組織の継続に苦慮しながらも、研修企画や他の職能団体等と連携しながら創意工夫するなどの報告がありました。そこには、産業看護の継続と発展への熱い思いがあると感じました。
 次の産業看護部会の研修会では、70名以上の参加があり、
「これからの産業保健師に期待される役割と専門性について~ストレスチェック義務化から1年を経て、産業保健師の役割を考える」として、「会社の保健室」を立ち上げ、企業の健康管理を軸に、開業保健師として活躍される徳永京子さん(「合同会社チームヒューマン代表」、一般社団法人開業保健師協会の理事)を招いて研修を開催。多くの経験をもとに、ストレスチェックの意味とその後の職場環境改善につなげていく方策等を事例を通して産業保健師の機能や役割を話された。また、別名:踊る保健師として、手話を交えたダンスも披露され、楽しく時間を過ごすことができました。
参加者の一人ひとりが、産業保健にかかかわる中で、働く場(会社)で展開していく公衆衛生看護を今一度、心に刻むことができたのではと思いました。
基調講演では、「近年の職場のメンタルヘルスの課題」として、近年の職場のメンタルヘルの傾向と対処について、特に若者の傾向を中心に、鳥取県立精神保健福祉センター所長の原田豊氏に講演をしていただきました。
 最後に、産業看護部会の研修会や基調講演では多くの方に参加していただき、本当に感謝申し上げます。また、開催にあたり、企画・準備運営に携わっていただきました関係者の皆様に感謝申し上げますとともに、産業衛生看護の発展に努めていきたいと思います。
産業衛生技術部会報告
中国地方会幹事

森本 寛訓
川崎医療短期大学一般教養
日本産業衛生学会産業衛生技術部会について
日本産業衛生学会産業衛生技術部会は3番目の専門部会として承認されました。産業衛生技術部会では,労働衛生の三管理のうち,「作業環境管理」および「作業管理」を中心に活動をしています。

中国産業衛生技術部会の主な活動内容
当部会の中心的な活動に「中国四国産業衛生技術部会研修会」の開催があります。第1回目は,第46回中国四国合同産業衛生学会(岡山市,2002年11月)において開催されました。その後,この研修会は継続して開催され,昨年の第60回中国四国合同産業衛生学会(米子市,2016年11月)で15回目を迎えることができました。
 第60回中国四国合同産業衛生学会において,産業衛生技術部会が企画した研修会は以下のとおりです。
テーマ:化学物質ばく露の「見える化」(化学物質のリスクアセスメント)
座 長:田口 豊郁(川崎医療福祉大学医療福祉学部医療福祉学科 教授)
1. ばく露の「見える化」を可能にするビデオばく露モニタリング
 演者:竹内 靖人(中央労働災害防止協会 大阪労働衛生総合センター)
2. 簡易測定機器を用いる場合のリスクアセスメント手法・手順について
 演者:海福 雄一郎(株式会社ガステック)
全国大会における活動内容
 昨年開催された「第89回日本産業衛生学会(福島市,2016年5月)」と「第26回日本産業衛生学会全国協議会(京都市,2016年9月)」において,産業衛生技術部会は例年どおり,研修会,フォーラム,およびシンポジウムを企画しました。第89回日本産業衛生学会では「職場のメンタルヘルス」や「石綿飛散」「作業支援ツール」「リスクマネジメント」といった幅広いキーワードをもとに研修会が開かれました。また,第26回日本産業衛生学会全国協議会では,前回まで「産業衛生技術部会大会」として独立開催されていた内容が,会期中の一企画として行われました。いずれも多数の参加者があり,充実した研鑽機会となりました。
 なお,これらの全国大会では幹事会と会員総会も開催し,産業衛生技術部会の今後の方針について協議しています。そして昨今の社会情勢と,当部会の専門性を踏まえて,いかに社会貢献していくかについても検討しています。
産業歯科保健部会報
森田 学
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 予防歯科学分野
1.第60回 中国四国合同産業衛生学会 産業歯科保健研修部会報告
 少数精鋭と言っていいのか分かりませんが、6名の参加者(2名の演者を含む)で開催しました(写真)。毎年のことではありますが、人集めに苦労しております。テーマは「ストレスと歯科口腔疾患」です。まず、大町健介先生(島根県歯科医師会 専務理事)は、哲学的思索も含めながら、メンタルヘルスと口腔機能の改善との関係について、日ごろの豊富な臨床事例を紹介されました。続いて、竹内倫子先生(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科予防歯科学分野)が、STAI(State-Trait Anxiety Inventor-Form、状態 - 特性不安検査の質問票)や心拍変動測定装置を用いながら、歯科治療前後のストレスを評価した研究成果を報告されました。
 古くから、ストレスが顎関節症、口臭、舌痛症の原因であるといわれてきました。これらの疾患が、労働の障害になっていることも間違いありません。一方、ストレスが免疫機能低下を引き起こすことから、歯周病のリスク因子と考えられています。歯・口腔の健康が、職場でのストレス対策に何らかの貢献ができるように、ちゃんとしたエビデンスを蓄積しなくてはなりません。

2.職種によって異なる歯周病発症リスク
 当教室の入江浩一郎先生の研究成果で、この数か月、いくつかのテレビや新聞が取り上げた話題です。簡単に説明すると以下のようになります。事業所の職員のうち、歯科検診時に歯周病を発症していない者3,390名を対象に5年間追跡しました。5年後に歯周病を発症した割合を職種間で比較しました。その結果、男性職員の場合に限ってのことですが、年齢、性別、喫煙歴、糖尿病、BMIなどといった歯周病関連因子の影響とは別に、生産工程・労務従事者、販売従事者、運輸・通信従事者が歯周病発症のリスク(オッズ比)が高かったのです。女性職員においては、このような結果はみられませんでした。WHOがいうところの、「健康の社会的決定要因としての労働」が口腔保健についても該当することになるのでしょうか。産業保健担当者の方におかれましては、この点についてご理解いただき、職員研修や事業所内ポスター等で情報提供していただきたいと願います。
編集後記
日本産業衛生学会編集後記第4号

岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 
公衆衛生学
江口 依里
 東京では早々に桜が満開となっているようですが、岡山でもやっと開花し、今秋末には満開になる予報です。会員の先生方におかれましては季節の変わり目お変わりなくお過ごしでしょうか。日本産業衛生学会中国地方会第4回目のWeb版ニュースレターをお届けさせていただきます。今回は、各部会の先生方に部会報告をいただきました。是非お読みいただけますと幸いです。ご執筆いただいた先生方、誠にありがとうございました。
 さて、先月はストレス解消法について自身で実施している1.ランニング、2.アロママッサージの介入研究についてご紹介させていただきました。今回は新たにもう一つの効果的なストレス解消法についてご紹介させていただきたいと思います。最近注目のストレス解消法、それは“笑い”です。
 これまでに笑いの健康への効果については様々な報告がされています。一般的な健康感、身体的障害や睡眠障害の改善、不安やうつの軽減、社会的機能の促進について効果があること(Iran J Nurs Midwifery Res. 2014)、欝や不安、痛み、免疫、疲労、睡眠の質、呼吸機能、血糖値の改善への効果があること、(Semin Dial. 2014 )自律神経機能の改善に効果があること(Altern Ther Health Med 2012)、身体的及び精神的健康度の改善に効果があること(Geriatr Gerontol Int. 2013 ) 等の様々な良い効果が報告されています。我々は、岡山県井原市の住民を対象に笑いの頻度について検討したところ、大阪、高知、秋田、愛媛、岡山等他県の住民同様、女性は男性よりよく笑っていること、年齢では、男女ともに若い世代の方がよく笑っていること、男性の笑いの頻度にほとんど差はないが、女性では、この5地域では2番目(高知と同率、大阪が1位)によく笑っていることが明らかになりました。さらに、よく笑う生活習慣があることも明らかになりました。身体活動習慣がある人、野菜、大豆製品、乳製品をよく食べる男性、魚、野菜、大豆製品、乳製品、みそ汁を食べる女性はそうでない者に比べてより笑っていることがわかりました。皆様の生活習慣はいかがでしょうか。
 我々は5月より笑いの介入研究を実施する予定にて、現在参加者を募集しております。もし、でご興味がおありの方がいらっしゃいましたら是非ご参加いただけたらと思います。詳しくは岡山大学公衆衛生学教室ホームページのトップページに掲載されているチラシをご覧ください。
 さらにもう一つ重要なお知らせです。平成27年4月より荻野景規会長のもと、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科公衆衛生学分野 江口依里が中国地方会事務局を引き受けておりましたが、このたび、同教室の伊藤達男先生に引き継がせていただくことになりました。2年間という短い間でしたが、ご執筆を担当いただいた先生方、お世話になった先生方、誠にありがとうございました。これからも様々な場面でお世話になるかと存じますが今後ともご指導ご鞭撻いただきますよう何卒よろしくお願い申し上げます。新しい体制になった産業衛生学会中国地方会も何卒よろしくお願い申し上げます。