日本産業衛生学会 中国地方会
地方会ニュース 第34号(令和2年1月)
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島根県での就業構造と労働安全衛生活動の課題

塩飽 邦憲
島根大学医学部・特任教授
 島根県全体の労働安全衛生活動を俯瞰することは困難であるが、島根県東部での産業医活動や労働衛生コンサルタントとしての関わりから、労働安全衛生活動の課題を紹介したい。
 平成29年就業構造基本調査によると、島根県では、平成24年と比較して人口減と並行して有業者が年々減少する一方、年齢別で65-69歳の割合のみが2.5%上昇していた。全国と比較しても、54歳以下の構成比は下回るが、55歳以上の各年齢階級では上回っていた。また、島根県の年齢階級別有業率では男性は全国と大きな差はないが、女性は25-74歳で全国を大きく上回っていた。育児をしている女性の有業率は81.2%で、全国第1位であったが、育児休業などの制度を利用した女性は、全国と比較すると正規職員41.6%、非正規職員20.2%と、正規職員の利用割合が低かった。介護をしている女性の有業率は全国を上回っており、介護休業などを利用した正規職員は、男女とも全国を上回っていた。また、65歳以上の占める割合は、農業・林業、漁業で最も高いが、建設業19.9%、卸売業・小売業、運輸業・郵便業でも16%を上回り、製造業9.3%、医療・福祉も8.9%となっていた。人口高齢化や人手不足の影響が高齢労働者と女性労働者の増加原因と考えられる。労働災害では高齢者の転倒事故が多くなっており、高年齢者や女性に配慮した労働安全衛生活動が重要な課題と考えている。
 産業別有業者数では、医療・福祉が16.8%と最も多く、次いで卸売業・小売業15.5%、製造業13.9%、建設業9.3%となっている。平成24年と比較すると、有業者数が増加した産業は医療・福祉で、減少した産業は農業・林業、建設業、宿泊業・飲食業であった。人口高齢化、グローバル化、経済成長の鈍化を背景に、産業構造の変化として医療・福祉の増加、建設業の衰退が進行している。島根県の製造業では、古くから木材加工業、繊維業、鋳物業、たたらに代表される特殊鋼生産に特徴があった。また、パソコンやセラミックコンデンサ、医療機械製造の企業を誘致したが、一部を除いて、生産額は低下ないし頭打ちの傾向にある。
 有業者について職業大分類別に見ると、事務従事者が18.5%と最も多く、次いで専門的・技術的職業従事者17.0%、生産工程従事者14.0%が多いが、平成24年と比較して増加したのは専門的・技術的職業従事者であり、正規職員比率も増加した。一方、事務従事者や生産工程従事者では減少とともに非正規化が進んでいる。このために、現場では、正規職員、非正規職員(アルバイト・派遣労働者など)と外国人研修生が入り交じって労働している。高ストレス者の面接指導では、謹厳実直な性格の中堅労働者がこうした複雑な生産方法と人間関係に悩む例が多かった。
 就業構造基本調査には含まれていないが、障害者雇用率制度により民間企業の法定雇用率は2.2%と定められ、障害者雇用数が増加している。しかし、障害者が能力や適性が発揮でき、生きがいを持って働けるような職場環境の実現には時間がかかり、産業医の職務の中で、障害労働者に関わることが多くなっている。関係機関の支援強化が求められる。
第93回日本産業衛生学会(旭川)のご案内

第93回日本産業衛生学会
企画運営委員長・北海道地方会長
吉田 貴彦
旭川医科大学医学部社会医学講座
 この度、北海道地方会が企画運営して第93回日本産業衛生学会を、2020年5月13日(水)から16日(土)にかけて、旭川市市民文化会館およびアートホテル旭川にて開催することとなりました。開催地の北海道が労働の起源(人が生きるために不可欠の食糧の調達、衣食住の原料となる木材・繊維・金属類と燃料、などは人類が行った最古の労働とも言える。という意味)に近い食料・資源供給産業を担って来たことから、「産業衛生の原点にたち」とし、現在進行しつつある第四次産業革命の中でAIとIoTの高度発展が労働の量的・質的変化に多大なる影響を与えることが予測される事から、「将来の労働と健康について考える」機会とすることをテーマに掲げさせていただきました。メインシンポジウムも「AIとIoTの高度発展がもたらす社会の変容、労働の量的・質的変化に対応する産業保健」と「わが国の第一次産業の労働安全衛生」2本立てとしました。実地研修として北海道・旭川に縁の深い産業である「野村興産株式会社イトムカ鉱業所(北見市;現在では国内唯一の水銀リサイクルを行っています)」、「日本製紙株式会社(旭川市;北海道の豊かな森林資源をもちいています)」、「株式会社カンディハウス(旭川市;国際的にも展開する旭川家具メーカーのリーダ的存在です)」を設定しました。シンポジウムもテーマに近いものとして、かって北海道に多くあった炭鉱産業があり先進的に取り組まれてきた事に関連して「粉塵による健康障害の、過去と現在、未来」や、寒冷地での林業における白蝋病も大きな課題であったことから「振動作業者の現状と健康管理を考える―振動障害の過去・現在・未来 最新の知見―」を取り上げたのに始まり広い領域に及んでいます。また、日本産業衛生学会の設立90周年を記念するシンポジウム「100周年を見据えたミッションと重点活動事項」も行われます。産業衛生について過去からの学びから将来への展望まで広く取り組む学会としたいと思っております。
 本学会の会員数が8,000名を超えるようになり、地方での開催の在り方について考えねばならない状況になりつつあります。今回、地方都市である旭川(人口ランキングでは、東京以北、北海道・東北では、札幌、仙台、いわきに続き4位なのですが)での開催ということから、アクセスや宿泊などで、ご参加いただく皆様にはご不便をおかけする事があろうかと思いますが、地元の方々の協力をえながら鋭意努力させていただきたいと思っております。学会webサイト https://convention.jtbcom.co.jp/sanei93/、旭川情報から旭川観光コンベンションビューローの提供するサイトをご覧いただけますと幸いです。
 北海道の5月は、半年間の雪に閉ざされた北国に春が一気に訪れます。街中や野原では春を待ちこがれた木々、草花の花々が一斉に咲き競いながら、遠くには残雪に覆われた峰々を眺めることができる、心が躍る季節です。北海道ならではの美味しい食材も揃い始めます。北海道の華やかな季節と食をも、お楽しみいただければと思います。皆様の、ご参加を心よりお待ちしております。
第63回中国四国合同産業衛生学会(徳島)のご報告
第63回中国四国合同産業衛生学会 学会長
有澤 孝吉
徳島大学予防医学 
 令和元年11月30日、12月1日の両日にわたり、第63回中国四国合同産業衛生学会が徳島県医師会館、徳島市医師会館で開催された。メインテーマは、「働く人の未来を守る産業保健―働く意欲を活かす健康支援―」であった。これは、近年、労働形態の多様化への対応やワークライフバランスの確保など、働き方改革への取り組みが求められていることを考慮して設定したものである。
 初日は、産業医、産業看護、産業衛生技術、産業歯科保健の各部会研修会が、二日目は午前中にメインシンポジウム、午後に8題の一般口演が行われた。メインシンポジウム「色々な両立支援を考える」では、豊田章宏氏(中国労災病院治療就労両立支援センター)による基調講演「治療と仕事の両立支援、その経緯と今後」が行われ、両立支援コーデイネーターの役割や制度が作られた背景についての解説があり、復職およびその継続に果たす産業医・産業保健スタッフのかかわりの重要性が強調された。続いて、取り組み事例 (1)「精神障がい者の雇用管理~特例子会社における取組み~」(はーとふる川内株式会社 西野直樹氏)では、障がい者ご本人の背景や能力を熟知し、支援体制を整えて適正配置をすることの重要性が強調された。(2)「公務職場における両立支援」(高知県庁 杉原由紀氏)では、がん、脳卒中や発達障害をもつ労働者の両立支援における産業医のかかわり方や職場の配慮の工夫について話された。(3)「治療と仕事の両立支援~徳島県の現状~」(徳島産業保健総合支援センター 倉田紀美子氏)では、徳島産業保健総合支援センターで行われている両立支援に関する相談対応や訪問支援、調整支援について解説された。
 一日目の夕方にホテル千秋閣で開催された懇親会では、四国大学連の総勢25人による躍動感あふれる阿波踊りの余興があり、たいへん好評であった。2日間の参加者は延べ約140人であり、盛況のうちに幕を閉じた。次回は、山口県宇部市で開催される予定である。
トピックス
南極昭和基地における医療と健康管理

大谷 眞二
鳥取大学 国際乾燥地研究教育機構
 日本の南極観測がはじまって60年余、毎年、30〜40人の隊員が南極昭和基地で越冬します。2019年12月現在、昭和基地では第60次南極地域観測隊の越冬隊員31名が生活しています。私はちょうど20年前、40次観測隊の医療隊員として南極で越冬し、帰国後も南極観測事業に関わっていますので、今回、昭和基地の医療と健康管理について紹介します。
 昭和基地は日本から14,000km離れた南緯69℃、東経39℃に位置し、人と物資は年に一往復(11月に日本を出港、翌年4月に帰国)する砕氷艦しらせで輸送されます(図1)。昭和基地(図2)は南極の中でも「へき地」にあり、しらせが前次の越冬隊員を乗せて昭和基地を離れる2月から、次の観測隊とともに戻ってくる12月までの約10か月間、南極外との物理的な往来は不可能であり、どんなことでも基地の中で解決しなければなりません。越冬隊員の約半数は観測を側面から支える設営系隊員で、機械、調理、通信、医療などを担当します。医療隊員は通常医師のみの2名で、専門は問われませんが過去の例では外科系の医師が半数以上を占めています。昭和基地の医務室には手術室やX線撮影装置、エコーなどの検査機器が設置されていますが、特定の疾患を対象としているわけではないので、越冬中に重症患者が発生すれば手に負えないというのが現実です。これまでに基地内で対応できなかった重症例は、幸いに隊の交代時期に発生しており日本国内へ搬送できましたが、それでも移動に数日から数週間を要しているという状況です。
 2016年までの越冬隊員のべ1,734人(平均年齢34.1歳、女性29人)を対象とした集計によると、昭和基地およびその周辺で発生した疾病は6,837件で、内訳は外科系疾患が45.3%、次いで内科系疾患21.7%、歯科疾患11.6%でした(Ikeda、Ohno、Otaniら、2019)。外科系疾患の2割が外傷であり、特殊環境下で不慣れな作業をせざるを得ない状況が背景にあります。凍傷や紫外線障害など環境に起因する疾患も少なくありませんが、多くは予防可能であり重症例はまれです。歯に関するトラブルも多く、歯科医は不在のため、医療隊員が対応しています。また、5月下旬から7月上旬にかけての、太陽が全く顔を出さない極夜期には不眠を訴える隊員が多くなる傾向にあります。
 救援のない南極では、疾病を発生させないことが重要であり、医師のしごとは医療行為や健康診断以外に予防医学の重要性を隊員に認識してもらうことです。しかし、娯楽の少ない昭和基地では過度の管理がメンタル不調の原因にもなり得ますので、隊員にはバランスのとれた健康指導をする必要があります。今のところ、産業医であることは観測隊の医師の要件にはなっていませんが、南極観測は国家事業でもあり安全が最優先されますので、医療隊員には産業医的な役割も期待されています。


図1. 昭和基地の位置と砕氷艦しらせの航路

図2. 昭和基地主要部
(1999 年当時、現在も大きな変化はありません)
理事会報告
鎗田 圭一郎
鎗田労働衛生コンサルタント事務所
 2019年度の第4回理事会は、下記日程で開催された。
 主な報告事項は下記の通りである。審議事項については議事録の確認後に報告する予定であり、今回は主な項目のみ列挙する。
(1)理事会開催日
   2019年度第4回理事会:2019年12月21日(土)
(2)報告事項
1. 学会及び協議会準備状況等(太字は学会HPへアップ済の項目)
  第93回日本産業衛生学会:旭川市,2020年5月13日(水)~16日(土)
〔演題登録を2019年12月17日(火)→2020年1月7日(火)へ再延長、スポンサードセッションが新設される。〕
第94回日本産業衛生学会:松本市,2021年5月18日(火)~21日(金)
第95回日本産業衛生学会:四国地方会,日程未定
第29回全国協議会会計報告:収支が本部助成金を若干上回った。
第30回全国協議会:鹿児島市,2020年11月20日(金)~22日(日)
第31回全国協議会:三重県津市,例年より遅く2021年12月2日(木)~4日(土)で検討中。
2. 風しん対策について
   内閣官房東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局より、学会へ風しん・麻しん対策に係る取組についての周知・啓発等に関する協力依頼が あり、学会HPに関係資料を掲載する。
3. 業務執行理事報告
   産業精神衛生研究会が行った「ストレスチェック制度の実施状況および課題に関する調査報告」が披露されたが、問題点あるいは課題についての自由記述には辛辣な意見も少なくなかった。
4. 担当理事報告
   日本産業衛生学会メールマガジンワーキンググループより、学会のHPをより良いものにするための課題や改善に関する意見の取りまとめが報告され、現在のHPを修正してリニューアルするよりも新たなHPを作る必要があるとの報告があった。
5. 代表世話人の交代について
   騒音障害防止研究会の代表世話人が、井上仁郎氏から永野千景氏へ交代する旨の報告があった。
6. 会員の状況(2019年12月10日現在)
   正会員数:8,338人,前年同時期に比較し254名増
(3)審議事項
1、表彰制度候補者推薦について
2、2020年度事業計画案について
3、2020年度の予算案等について
4、会費納入方法について
5、関連学会連携について
6、委員会細則の改定について
7、委員会内規の変更について
8、委員会委員の追加について
9、GPSにおけるCOIについて
10、自然災害等による行事の中止について
11、研究会運用に関するQ&Aの追加について
12、その他
産業医部会2019年の報告
奥田 昌之
産業医部会幹事
 日本産業衛生学会産業医部会幹事の奥田昌之です。日本産業衛生学会産業医部会は、産業医学の進歩に資するため、産業医活動の充実・発展を図ることを目的に、1)全国協議会の開催、2)産業医制度に関する調査、情報の収集及び協議、3)産業医活動に関する研修、教育、4)日本産業衛生学会専門医制度に関わる業務、5)部会報の発行、6)その他の事業を行っています。今年度全国協議会は9月に仙台で開催され、来年度の全国協議会は11月に鹿児島で開催されます。部会報は、1年に3回発行され、各医部会会員に冊子が郵送されていることと思います。前号までの部会報は医部会のホームページで会員以外の方も閲覧できるのでご覧になった方もおられると思います。幹事は地方会長の推薦を経て学会理事長から委嘱されるか、学会理事長から直接委嘱されます。中国地方会から2名の地方会長推薦で2019年5月から真鍋憲幸先生と私が幹事を担当しております。今年度の幹事会はすでに2回開催され、次に2月に開催予定があり、合計3回の予定です。全国協議会や全国学術集会での産業医フォーラムの内容を検討・報告し、医部会ホームページに報告しているとおりです。学会がこれまで作り上げた専攻医制度と学術団体の一つとしての専門医制度の統合のなかで、よりよい研修の在り方を検討しています。また、日本医師会は基礎研修を終えて産業医資格を取得した産業医に継続した研修機会を提供し、認定産業医として産業医の質の維持を図ってきており、その動向を注視しています。
 中国地方会にも産業医部会があり、中国産業医部会と呼称しています。各地方会の中では最も早く宇土博先生を中心に組織化し現在に至ります。現在八十数名の会員で構成されています。中国産業医部会は地方会と学会産業医部会から活動の助成金をいただいており、会員から別途会費を聴取しておりません。主な活動は、地方学会での研修会開催です。中国地方会は四国地方会と合同で地方会を開催しており、そのなかで医部会主催の研修会を国産業医部会と共同で企画・運営してきました。2019年度も第63回中国四国合同産業衛生学会(徳島)で中国産業医部会は春木宥子先生を講師に「職場における禁煙支援・対策」の研修を、四国産業医部会は竹崎雅之先生を講師に「業務中の体調不良の原因と職場環境対策の重要性」の研修を開催しました。聴講者の積極的な参加で、充実した実務研修になったのも、宇土先生をはじめ関係者の前年度からの準備のお陰です。2018年度には部会研修会のほかに、山口県産業衛生学会に助成しています。今後、地方会医部会の目的、活動内容、各県医師会産業医活動との協働など検討すべき課題があります。中国地方会の規約が古く見直すること、会員間の情報共有化を図るためにICTを利用し、引き続き産業医の活動の発展に寄与していく必要があります。会員の皆様には忌憚のないご意見をたまわりたいと存じます。最後になりますが、皆さまの産業医としてますますの活躍を祈念いたします。
産業看護部会 報告
産業看護部会幹事 
落合 のり子
島根県立大学看護栄養学部
 2019年11月30日~12月1日の両日、徳島県徳島市の徳島県医師会館を会場に、第63回中四国合同産業衛生学会が開催されました。メインテーマは「働く人の未来を守る産業保健―働く意欲を活かす健康支援―」でした。大会開催の2日間とも好天に恵まれ、初冬ながら爽やかな気候の中で、他県の産業保健職との交流を深めることができました。
 初日は産業看護部会世話人会が開かれ、中国四国9県の代表者ならびに産業看護部会幹事等計21名の参加がありました。はじめに、産業保健看護専門家制度に関して住德松子(すみとくまつこ)産業看護部会副部会長(アサヒプロマネジメント株式会社)による説明がありました。
 産業保健看護専門家制度は2015年にスタートした、日本産業衛生学会が資格を認定する制度です。2019年9月末現在で、全国では登録者・専門家・上級専門家を合わせて1,235名、中国地方では77名が登録しています。この制度は産業保健看護職としての実践能力を自立しつつ、かつ継続的に高めていくための仕組みですが、徐々に認知度は高まりつつあるとはいえ、まだ十分とは言えません。
 次に、産業看護に関わる最近のトピックスとして、日本産業衛生学会ならびに産業看護部会の活動報告がありました。「産業保健師の法制度化」を検討するにあたり、「事業所で就労する産業看護職の実態調査」が予定されているとのことで、詳細が決まり次第、産業看護部会を通じてお知らせがあります。案内が届きましたら、事業所でお勤めの産業看護職の皆さま、是非ご協力をお願いいたします。
 その後、各県代表者による活動報告があり、研修会や組織運営上の諸課題についての意見交換を行いました。各県から事前に寄せられた資料には、会員数・事業所数・年次研修計画・その他活動の工夫について掲載されており、他県の情報は研究会の運営や研修を計画する上で、たいへん参考になるものでした。中国5県の産業看護研究会等に所属する保健師・看護師は433名です。中国地方会に所属する保健師・看護師は144名ですので、学会加入率は約3分の1ということになります。今後の課題として、中国地方会産業看護部会として魅力ある活動と情報発信に努め、加入率の向上を図りたいと思います。
 世話人会のあと行われた産業看護部会研修会では、「虚血性心疾患の解決に向けて」をテーマに、八木秀介氏(徳島大学大学院医歯薬学研究部 特任准教授)の講演があり、続くグループワークで「心疾患予防を考える保健指導」をテーマに事例検討を行いました。
 おわりに、会の運営に携わってこられた委員の皆さま、徳島県の産業看護職の皆さまに心よりの御礼と感謝の意を表しますとともに、今後の産業看護の発展を祈念し、本稿の結びといたします。

 産業看護部会では産業保健看護専門家制度の資格取得・単位取得のための研修制度として「登録者試験準備講座」、「基礎研修A/Bコース」を運営、推進しておりますので、ご自身の研鑽にお役立ていただければ幸いです。詳しくは学会ホームページをご覧ください。 
産業衛生技術部会 報告
2019年度活動報告と,随想「日本国憲法と持続可能性」

産業衛生技術部会 中国地方会代表幹事
田口 豊郁
川崎医療福祉大学医療福祉学部 特任教授
E-mail: taguchit@mw.kawasaki-m.ac.jp
産業衛生技術部会ホームページ
産業衛生技術部会について
 産業衛生技術部会では,作業環境管理(Working Environment Control),作業管理(Work Practice Management)を中心とした幅広い活動をしている産業衛生技術者が、その専門性をより高めていくための情報の収集と発信をしています.当部会の活動状況については随時,ホームページで紹介しています.当部会への入会は,日本産業衛生学会員ならばどなたでも可能です.日本産業衛生学会費以外の会費はかかりません.
1.2019年度活動報告
 2019年度は,①第92回日本産業衛生学会(名古屋,2019年5月22日~25日),②第29回日本産業衛生学会全国協議会(高知,2019年9月12日~14日),および③第63回中国四国合同産業衛生学会(徳島,2019年11月30日~12月1日)――の中で以下の活動を行いました.
1) 第92回日本産業衛生学会 (名古屋,2019年5月22日~25日)
産業衛生技術専門研修会:「ISO45001と産業保健のレベルアップ」,5 月23 日(木)13:30 ~ 15:30, 第6 会場.
産業衛生技術フォーラム:「気候変動とこれから求められる熱中症対策」,5月25日(土)14:20~16:30(第8会場).
シンポジウム8:「時代の潮流に対応する有害物質のリスク評価と管理」,5 月23 日(木)13:30 ~ 15:30 ,第5会場.
自由集会:「個人ばく露測定の方法に関する調査研究委員会」,5月24日(金)14:00 ~ 15:30,第10会場.
2) 第29回日本産業衛生学会全国協議会 (高知,2019年9月12日~14日)
産業衛生技術部会教育講演・産業衛生技術部会研修会:「化学物質の安全衛生管理の実際~地元事業所の取組事例報告~」,9月14日(土)10:00~12:00.
シンポジウム6:「作業環境測定が変わる! 個人サンプラー測定の導入」,9月14日(土)13:10~15:10.
3) 第63回中国四国合同産業衛生学会 (徳島,2019年11月30日~12月1日)
産業衛生技術部会研修会:「腰痛の重症化を防ぐために-理学療法士の活動・実践報告-」,「簡易測定器を用いた作業環境管理について」,11月30日(土)14:00 ~17:00.
2.随想「日本国憲法と持続可能性」
 最近,「持続可能性(Sustainability)」という言葉が,環境,経済,社会福祉,社会保障など,いろいろな分野で使われるようになりました.「持続可能性」が重要な意味を持つ公的な文献等を現在から過去に遡って考察します.
1) 2015年 持続可能な開発のための2030アジェンダ(Sustainable Development Goals: SDGs)
 SDGsは,2015年9月の国連サミットで採択(全会一致で)されました.SDGsは,持続可能で多様性と包摂性のある社会,すなわち「誰一人取り残さない(leave no one behind)」社会の実現を目指しています.SDGsは,持続可能な世界を実現するための17の目標(Goal)と169の標的(Target)から構成され,2030年までを達成期限としています.「持続可能な開発」,「持続可能性」がキーワードとなっています.
2) 1987年 ブルントラント・レポート:我ら共有の未来(Our Common Future)
 「持続可能な開発(Sustainable Development)」という文言は,1987年 国連WCED(環境と開発に関する世界委員会)『ブルントラント・レポート:我ら共有の未来(Our Common Future)』の中で,「将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たす開発」と定義されました.「現在および将来の世代のために(for present and future generations)」(持続可能性)を優先するということが国際的な合意事項となりました.「持続可能性」とは,簡単に言えば,「子孫にツケを回さない(子孫のために何をすべきか,何をしてはいけないか)」ということです.すなわち,私たちには「子孫に対する責任(世代間責任)」があります.
3) 1972年 人間環境宣言
 「現在および将来の世代のために」という文言は,1972年の「人間環境宣言」に遡ることができます.1972年6月ストックホルムで開催された「国連人間環境会議」で,「人間環境宣言(7項)」と「国際的行動計画(26項)」が採択されました.宣言(6)に「我々は歴史の転回点に到達した.いまや我々は世界中で,環境への影響に一層の思慮深い注意を払いながら,行動をしなければならない.……略…… 現在及び将来の世代のために人間環境を擁護し向上させることは,人類にとって至上の目標,すなわち平和と,世界的な経済社会発展の基本的かつ確立した目標と相並び,かつ調和を保って追求されるべき目標となった」と記載されています.さらに,宣言(7)では,「……略…… 国連人間環境会議は,各国政府と国民に対し,人類とその子孫のため,人間環境の保全と改善を目指して,共通の努力をすることを要請する.」と締めくくっています.「人間環境宣言」は,地球環境問題に対する国際的取組の出発点と位置づけられています.
4) 1946年 日本国憲法の中に観る「持続可能性」
 「持続可能性」という概念は,さらに遡り,「日本国憲法」の中に観ることができます.日本国憲法の「前文」に,「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,われらとわれらの子孫のために,……略……,政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうに……略……,この憲法を確定する.……略……」と宣言されています.さらに,第11条(基本的人権)では「国民は,すべての基本的人権の享有を妨げられない.この憲法が国民に保障する基本的人権は,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与へられる.」と記述されています.「持続可能性」という概念が戦後すぐに作成された「日本国憲法」に盛り込まれていたことになります,その先進性・先見性は驚くべきことです.この「持続可能性」は日本国憲法の譲ることのできない基本的精神の一つと考えます.
 また,持続可能性の概念は,「環境基本法(1993年)」にも反映されています.第1条(目的)「……略……,もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するとともに人類の福祉に貢献することを目的とする.」.さらに第3条(環境の恵沢の享受と警鐘等)でも,「現在及び将来の世代の人間」という文言が使われています.
5) SDGsと産業保健
 SDGsの17の目標(Goal)と169の標的(Target)の中には,産業保健と直接・間接的に関わるものが多くあります.特に,以下の目標(Goal)は産業保健との関わりが強いと思われます.
目標(Goal)8.包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(decent work)を促進する.
目標(Goal)9.強靱(resilient)なインフラ構築,包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る.
目標(Goal)12.持続可能な生産消費形態を確保する.
 これらの3つの目標(Goal)とそれぞれの目標に掲げられている標的(Target)は,産業保健の研究課題と行動・実践の重要なヒントになると考えます.
 教育基本法(2006年改正)の「前文」には,「我々日本国民は,……略……,世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである.我々は、この理想を実現するため,個人の尊厳を重んじ,……略……,新しい文化の創造を目指す教育を推進する.ここに,我々は,日本国憲法の精神にのっとり,我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し,その振興を図るため,この法律を制定する.」と制定の理念が記載されています.私は,大学の教育・研究に関わる者として,この「前文」を尊重し,日本国憲法を大切にし,その精神にのっとり,「持続可能性」を追究していきたいと思っています.
産業歯科保健部会 報告
森田 学
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 予防歯科学分野
1.産業歯科保健部会研修会報告
 2019年11月30日に開催された第63回中国四国合同産業衛生学会(於 徳島)での産業歯科保健部会研修会について報告します。毎年、研修会参加者の動員数に苦慮しているところですが、20名の参加者でした。昨年度、第62回学会での研修会参加者数が11名でしたので、今年度は盛況といえるのではないでしょうか。「継続は力なり」を肝に銘じて、来年・再来年へと進めていく所存です。研修会コーディネーターの徳島大学 伊藤博夫先生に感謝いたします。
 さて、研修会テーマは「働く人の未来を守る産業歯科健診」でした。前半の基調講演では、徳島大学 口腔外科学教授 宮本洋二先生に口腔がん検診についてお話をしていただきました。女優さんの舌がん公表以来、私の勤務している大学病院でも検診希望の患者さんが急増しています。本来、見える・触れる場所なので異常も簡単に見つかるはずなのですが、これまでの統計では、患者さんの多くが進行した口腔がんのステージで来院されるとの事。私自身も、事業所での歯科検診で、酸蝕症、う蝕(むし歯)や歯周病ばかりに目を向けていたことを反省しつつ、がんに対する診断能力を高めなくてはと改めて感じました。
 後半は、岡山大学病院の竹内倫子先生から産業歯科健診の問題点を、(株)松風研究開発部の森山毅先生から新規開発した口腔粘膜観察装置を、そして富士通コミュニケーションサービス(株)の冨永沙絵子先生・うぐるす歯科医院院長 沼田和治先生から保健師と歯科医師の協力による保健活動の内容をお話していただきました。歯科健康診断の在り方と使用するツール、そして健診後の事後処置について、それぞれの立場でPDCAサイクルをまわしながら改良する必要性を訴えておられました。
2.最近の歯科保健トピックス
 う蝕予防のために、フッ素洗口剤を使う方法があります。歯科矯正治療中の子供、金属などの詰め物が沢山ある中高年、歯茎のやせた高齢者の方には特にお勧めです。従来、歯科医師の処方箋が必要であったのが、数年前に要指導医薬品(薬剤師の情報提供が必要)と、少しハードルが下がりました。そして今年からは、第3類医薬品となり、入手が楽になりました。家庭や職場で1日1回“ブクブク”、う蝕の予防に役立ててください。
編集後記
  パラダイムシフトに向けて

日本産業衛生学会 中国地方会長
荻野景規
 第63回中国四国合同産業衛生学会が、令和元年11月30日、12月1日に、徳島で、徳島大学の有澤孝吉教授を会長として開催された。中国地方会役員会は、11月30日の午後開催され平成30年度決算、各部会からの報告、理事会報告があり無事終了した。夕方には、懇親会がホテル千秋閣で開催され、四国大学連の華やかな「阿波踊り」が楽しく会をもりあげて、大好評であった。有澤孝吉先生に感謝致します。
 さて中国四国合同産業衛生学会は今回が63回目である。これまで、開催回数を意識したことはなかったが、本年3月で岡山大学を定年退職した私は、中国四国合同産業衛生学会が、自分の年齢に近い開催回数であったことを思うと、感慨が深い。その昔、瀬戸内海臨海地域は、第2次産業の工場が多かったので、中四国の大学においては産業中毒等の産業医学研究が活発であった。時代は移り、私が金沢大学にいた1990年代頃から第3次産業革命がおこり、パソコンやインターネットの普及とともに情報技術の職域が急激に増えた。金沢大学の年配教授の中には、パソコンやインターネット操作から取り残された学者もいた。私は2007年に岡山大学へ赴任して、中国地方会の理事になったとき、本学会の研究の主題が、「産業中毒」から「職場ストレス」へと移りつつあることに、戸惑いを隠せなかった。しかし、産業構造の変化が疾病構造を変化させることは、だれの目にも明らかであった。
 2019年9月30日に、金沢大学で講義させて頂く機会を得た私は「日本の医療の将来―市場原理と医学―」について考えてみた。アメリカ合衆国の発明家・実業家であるレイ·カールワイツは、2005年に著書「The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology」の中で、「半導体のメモリ容量は指数関数(ねずみ算)的に増えている(ムーアの法則)。つまり第4次産業革命=科学技術の進歩は指数関数的である。」「人工知能の能力が、人間の能力を超える時は近い」「その時は2045年。シンギュラリティ(Singularity)「特異点」である」と予言した(2045 年問題)。AIの発展は、確実にパラダイムシフト(社会全体の価値観の革命的変化)を起こすであろう。しかし、日本の医療政策は、その根幹となる医学教育·研究の分野に市場原理を導入していないので、欧米から後れをとっており、外圧による急激なパラダイムシフトが起こる可能性がある。パラダイムシフトは、当然産業構造に急激な変化をもたらす。例えば医療における予防、診断、治療にもAIが導入され、仕事の効率化が図られ、医療現場が様変わりする。産業保健分野でも企業労働者の健康管理がAIで行われる時は、そう遠くではない。産業革命による社会システムの急速な変化は、人間の脳に非常な負担をしいるので新しい疾病が発生する可能性がある。労働現場は急激なパラダイムシフトにさらされる労働者のまさに実験場である。産業保健に従事する我々は、第4次産業革命の犠牲となる労働者の健康を守るべく、常に最新の科学的洞察力を持たなくてはならない。日本産業衛生学会及び地方会が、今後も産業労働者の健康を担う益々重要な学会となることを期待する。