日本産業衛生学会 中国地方会
地方会ニュース 第35号(令和2年7月)
トップページ
気候変動と熱中症

黒沢 洋一
鳥取大学医学部医学科健康政策医学分野
 地球規模の気候変動は、広範囲にわたる人間の健康に影響を与えます。最も明白な関係は、温度上昇と熱中症の間の関係です。屋外で激しい作業を行う建設作業者の高温への暴露に関して、国際的に関心が高まっています。米国労働統計局の国勢調査のデータを用いた研究では、2000年から2010年の間に発生した359人の熱中症による死亡例をレビューし、建設作業者の熱中症による死亡割合は1.13/百万であり、すべての労働者の0.22/百万人の割合の5倍以上であることを報告しています。また、1992年-2016年のアメリカの連邦センサスにおける職業病における熱中症による死亡を分析した研究では、建設作業者は全就労の6%を占めるが、熱中症による死亡の36%を占めていました。6-8月の平均気温は、研究期間中に上昇し、気温上昇は、熱中症による死亡と関連していました(r=0.649)。結論として、アメリカの建設作業者は、熱中症による死亡のハイリスクにあり、そのリスクは気候変動とともに近年上昇しており、効果的な職場での対策、調査、管理体制の人員の改善が必要であると述べています。
 わが国でも、近年気温の上昇が目立つようになり、2011年から気象庁は日中の最高気温が35℃を超える日のことを猛暑日と呼ぶようになりました。従来、25℃を超える場合に「夏日」、30℃を超える場合に「真夏日」という呼び名はありましたが、これまでにないような異常気温を考慮して、35℃を超える日のことを猛暑日と呼び、「高温注意情報」を出すようにしています。職域における熱中症も増加傾向にあり2018年の職場における熱中症の発生状況を見ると、死傷者数は 1,178 人、死亡者数は 28 人となっており、前年と比較して、死傷者数、死亡者数ともに2倍を上回る結果となりました。また、米国の統計と同様に、我が国の熱中症による死亡災害の業種別の発生も、屋外作業の建設業で多いようです。
  鳥取県は、夏季には高温・多湿となり、人口当たりの熱中症による救急車輸送が多い地域です。そこで、私たちは、鳥取県における夏季の最高気温と熱中症による救急車輸送の関係を調べました。その結果、猛暑日(最高気温が35℃以上)の熱中症による救急車輸送リスクは、夏季の30℃未満の日と比較して5.55倍となりました。また、最高気温が37℃を超えるような日も出現しましたが、その場合には救急車輸送リスクは17倍となりました。
 一方、全世代でみると、熱中症による死亡は、高齢者が大半を占め、その多数が屋内で発生しています。気候変動による熱中症は、全世代で、屋内・屋外を問わずグローバルな課題となっています。
 権威ある医学系学術雑誌Lancetにおいて、「ランセット・カウントダウン―2018年のレポート気候変動」として、医療従事者に重要なメッセージが発せられました。世界のさまざまな地域で、気候変動はすでに、熱波、ベクター媒介疾患、食品安全の悪化など、健康に悪影響を及ぼしています。社会は、気候変動の健康への潜在的な影響について十分な情報を持っており、これらの問題への対処を理解し、積極的に参加することが不可欠です。医療従事者は、これらのタスクで重要な役割を果たす必要があると述べられています。
1. Gubernot DM,et al. Characterizing occupational heat related mortality in the United States, 2000‐2010: an analysis using the Census of Fatal Occupational Injuries database. Am J Ind Med. 2015;58(2):203‐211.
2. Xiuwen Sue Dong et al.  Heat related deaths among construction workers in the United States. Am J Ind Med. 2019;62:1047-1057.
3. Fujitani Y, et al. Impact of Maximum Air Temperature on Ambulance Transports Owing to Heat Stroke During Spring and Summer in Tottori Prefecture, Japan: A Time-stratified Case-crossover Analysis.
Yonago Acta Med. 2019 Mar 28;62(1):47-52. doi: 10.33160/yam.2019.03.007.
4. Watts N, et al. The 2018 report of the Lancet Countdown on health and climate change: shaping the health of nations for centuries to come. Lancet. 2018 Dec 8;392(10163):2479-2514. doi: 10.1016/S0140-6736(18)32594-7. Epub 2018 Nov 28.
第93回日本産業衛生学会(旭川)の開催報告

第93回日本産業衛生学会 企画運営委員長・
北海道地方会長
吉田 貴彦
旭川医科大学医学部社会医学講座
 北海道地方会の企画運営により、2020年5月13日から16日にかけて旭川市にて実地開催する予定でした第93回日本産業衛生学会は、COVID-19の流行の影響により誌上・web開催へと変更となりました。3月30日に学会HP上に、川上憲人学会理事長と企画運営委員長の連名で公告し、6月12日から28日までオンデマンドでのコンテンツ閲覧により開催しました。今回543題の一般演題の登録があるなど皆様からの御期待も大きかったと思われますし、実地開催に向けて準備してきました企画運営委員会、そして開催地の関係者にとっては苦渋の決断となりました。しかし3月時点で、参加される皆様の健康への影響ばかりでなく、産業現場での健康管理実務から離れる事の困難さ、医療機関に感染を持込む危険を避けるべき事などを考えると止むを得ない決定であったと思います。その後、国によるイベントや移動の自粛から非常事態宣言が出されるに至り、企業や大学等での出張制限、交通機関のサービス縮小なども加わり5月の実地開催は難しい事態になっていました。結果的に、経済的な損失を最小にとどめつつ、曲がりなりにも別方式での開催が出来ました事は不幸中の幸いであったと思っています。
 こうした状況の下、少しでも皆様の御役に立てる学会にできるよう試行錯誤致しました。過去には、東日本大震災などの地震、台風や豪雨洪水などにより、学会等が中止や誌上発表となった事例はありましたが、その多くは自然災害であって突発的発生で長引かず、かつ局地的なものでした。しかし、今回のCOVID-19流行拡大は、未知の感染症の蔓延であり流行の特徴も治療法も対策もわからないため見通しが立てられず、過去の事例を参考にしにくい状況でした。結果的に、誌上発表と登録していただいたスライドのオンデマンド閲覧形式によるweb発表を併用する事となりました。日本医師会認定産業医の単位取得が実地での研修にしか認められないという厳しい状況に直面するなど、皆様には多大なる御不便と御負担をおかけしてしまいましたが、2,434名もの参加者が得られました事を感謝申し上げます。
 指定演題のうち北海道在住の講演者による4題を動画講演として配信し、北海道での学会であった事をアピールさせていただきました。旭山動物園長の坂東元氏の動物を前にしての講演や、カンディハウス会長の渡辺直行氏の講演では家具製作現場の映像が見られるなど印象に残るものとなったのではないかと思います。指定演題、一般演題のスライド登録が4割程度にとどまった事は、web閲覧での著作権や企業機密などへの対応を危惧された結果とも思われます。また、実地開催の学会でしか得られない参加者相互の懇親など、対応できない事も多くありました。COVID-19流行を受けてインターネット活用が急速に社会全体に導入される中、本学会も予期せずにweb開催となったことは、今後の学会開催の在り方について考える機会となりました。現在、本学会の学会・協議会運営マニュアル作成が進められていますが、本学会の会員増・開催規模拡大、働き方改革、子育て支援など増えつつある対応課題の一つに加えられていく事となると思います。今回の経験が、今後の学会の運営への良き糧となるならば幸いです。早くにCOVID-19流行が落ち着き、今回の教訓をバネにさらなる進化を遂げた素晴らしい学会が開かれる時が来ることを願っております。
トピックス
企業における新型コロナ感染症対策 
―現時点でのまとめと振り返り―

真鍋 憲幸
三菱ケミカル株式会社全社統括産業医
産業医部会幹事の真鍋です。地方会の皆様におかれましては日々の業務に加えてこの度の新型コロナ対策に産業保健面、予防医療面はもとより臨床・治療においても大きくご尽力なさっておられることと存じます。企業におけるコロナ感染症対策は、業種や企業規模により様々です。また、産業医や産業保健(健康支援)部門としての関わり合い方も、それぞれの文化や組織内での位置づけによって違うと思いますが、「本社機能」としての現時点での振り返りというお題を頂戴しましたので少しまとめてみます。なお、本原稿を記載している6月末時点において、まさに第2波に対する行政や組織・個人の準備が議論されており、本項は一企業の中間報告的なものとして参考資料として受け止めて頂けましたら幸いです。また、職域(企業内)における医療提供体制や地域医療との連携等についても重要な論点ですが、ここでは全く触れていないこともご了承下さい。
◆これまでの振り返り
以下に、国の緊急事態宣言が解除されるまでの経時的な推移と、弊社が全社的にとったアクションをまとめました。

振り返ると、4/7の政府による7都府県に出された緊急事態宣言の前後で、本社HQとしての強制力に変化をつけたことが再認識できました。4/7以前においても海外出張や海外赴任者に対する対応などは本社の指示で実施をしていましたが、それ以外の国内営業や製造所・研究所運営については、政府の緊急事態宣言を境目に「励行・推奨」から「社内の原則的なルール」として強制力を変えています。
具体的には、緊急事態宣言が全国に対象範囲が広がっていた間は、以下の5つの項目を特に全社的なルールとして定めました。(*但し複数回の更新を行っています)
従業員が感染した場合、および発熱や風邪症状等感染が否定できない場合の就業基準
同居家族が感染した場合、および感染が否定できない場合の就業基準
事業所(含本支社・研究所)における勤務体制・出張の可否判断について
社内外の会議・イベントの取扱いについて
顧客・物流業者などへの入門制限や入門時チェックについて
なお、当社は製造業であるため、「勤務体制」は製造部門と営業・事務部門とは全く異なる対応を要しました。すなわち、社会インフラへの影響も考慮されるサプライチェーンへの原燃料や中間資材を提供する事業所運営・勤務は、それ以外の部署の運営・勤務とテレワークの実施可否レベルだけでも相当の差があります。方針の策定には製造・物流など関連部門のBCPとの連携はもとより、細やかな表現の配慮も行いました。また、この期間中は週に1回の頻度で「社長メッセージ」を従業員全員に対し発信し、会社の取るべき方向性を繰り返し説明し従業員の不安を軽減するように配慮をしました。更に、その中で当社の感染拡大防止に寄与している製品の紹介や、寄付など社会貢献状況を周知し士気を維持する取り組みも行っています。
ちなみに、当社は事務・間接部門に対し上記期間中「原則出社禁止・テレワークを基本」とする時期を設けました。
◆緊急事態時における意思決定について
当社の緊急事態時の意思決定と役割について以下にお示しします。


おそらく他の業界・企業と比べて特徴的な差はないと思いますが、BCPをマネジするセクションと「感染拡大防止」の観点から意思決定者に対する情報や施策提案をする機能を分けています。企業内だけの取り組みだけでなく、社会機能としての「企業」の感染拡大防止と、それを元にしながらも「BCPの遂行やインフラ・社会経済への影響を最小化する」機能とをわけることにより意思決定を早くする目的があります。なお、これらの体制は、今回の新型コロナ感染症対策の前からいわゆる「新興感染症などに対する対策」として検討し一定の明文化をしていましたが、過去の「新型インフルエンザ対策」をベースに作られたものであったため活用が難しい部分もありました。
◆現時点(6月末)の対応
6月に入り全国的に緊急事態宣言が解除されることになり、その後の企業活動の段階的再開に向け、当社は改めて「今後の新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」として5/14に全社に周知を行いました。具体的内容は現在進行形であるため差し控えますが、厚労省による「新しい生活様式の実践例(5/4)」や、産業衛生学会の「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」、また経団連の「(オフィス・製造業)新型コロナウイルス感染予防ガイドライン」などを参考にし、出勤におけるテレワークの利用促進や時差出勤の推奨などを行っています。
また、5/26に「新しい生活様式を含めた働き方ガイド(三菱ケミカル版)」として、全社に新しい生活様式を取り入れた形での働き方の提案・ヒントの発信を行っています。このガイドでは、以下の項目についてまとめました。
日常生活 働き方(作業上の注意点) テレワーク
通勤 公共機関(施設)の利用 会議・イベント(懇親会等)
出張・異動 職場のレイアウト オフィスでの留意点
食堂など共有スペースの留意点 各自の健康チェック 報告方法
人権への配慮 母性保護  
各事業所・支社・研究所は、地域ごとの感染状況を参考にしながら各拠点マターで運営ルールを最適化する形でこのガイドを活用することとしています。
すなわち、この時期から本社の介入度をやや緩和しており、そのことで感染拡大防止を最優先としながらも遅滞ない事業再開や経済活動ができると考えています。一方で、今後の第2波の状況によってはその介入度も変化が必要になる可能性もあると考えています。
◆まとめにかえて
現在、当社を含んだどの企業も、第1波収束段階における「新しい働き方」へのスムーズな移行を模索しながら検討をしている状況であり、正直なところ、まだまとめができる段階ではないと感じています。多くの専門家が指摘しているように第2・第3波に対して、発生を前提にした対応計画が必要であり、当社も今回の新型コロナ対策において全社的なマニュアルの不足部分などの検証が必要と考えています。特に備蓄(マスク・消毒薬等)の標準的な数に関してや、今後の毒性・感染力が予測できない状況における安全域に捉えた予防対応設備の検討は可能な限り迅速に行いたいと思っております。当然ながら海外を含めた情報収集も必要です。また、やや視点を変えれば、ニューノーマル時代の職場におけるコミュニケーションのあり方、テレワークが長期間続くことによる功罪の検証と新しい働き方を前提とした組織の安全な運営や競争力についても考えていかなければならないと感じています。
理事会報告
2020年度理事会報告

鎗田 圭一郎
鎗田労働衛生コンサルタント事務所
 2019年度第4回理事会は、2019年12月21日(土)13:00~17:00に新宿の公衛ビルで開催されましたが、2020年度第1回理事会は、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、2020年4月18日(土)13:00~17:00に、Zoomを用いたWEB会議となりました。この2回の主な審議、報告事項は下記の通りです。
1. 審議事項
ア、 2020年度の総会開催について:会場での参加人数を10名に制限し、委任状による代理行使の他、書面による議決権行使を可能にすることを代議員には電子メールで伝え協力を依頼すること、代議員からの質問・意見は事前に受け付け回答すること、などの開催方法が審議され承認された。総会の様子は録画して、後日学会員に公開することとした。例年総会後に行う表彰式は、来年度の総会後に開催する予定となった。
イ、 2019年年度の事業報告案について:2019年度は新たに関連学会シンポジウムを開催したことや、Environmental and Occupational Health Practice の刊行が加わったことなどが報告され、事業報告案は承認された。
ウ、 2020年度の事業報告案について:9常設委員会の活動とダイバーシティ推進委員会の2年間の活動の継続が報告され、承認された。
エ、 2019年度決算報告案について:会計計算書類をもとに、指定正味財産を取り崩すことなく弁護士費用を賄えたこと等が説明され、決算報告案は承認された。また監事より、地方会等各会の監査についても学会本部に報告することが提案され検討することとなった。
オ、 2020年度の予算案について:ホームページ改修費や、ビジョンに基づく活動資金も盛り込まれた予算案は承認された。また、資金調達及び設備投資の見込みについて、予定がないことが説明され、承認された。損害賠償責任保険や顧問弁護士契約についても意見交換をした。
カ、 会費納入方法について:効率的な会費収納方法を再度検討することとなり、次年度の会費納入方法はこれまでどおりとすることとなった。
キ、 関連学会連携について:関連学会連携方針では、連携相手は日本医学会分科会加盟学会であることを原則としているが、今般の新型コロナウイルスへの対応のように緊急性を要する場合は、例外を認めることとした。また、関連学会連携方針の他学会参加型連携は、名称を「他学会主導参加型連携」と変更し、要請を受けて参加する理事は、事前事後の情報提供を義務付けることが提案され、承認された。
ク、 委員会内規の変更ついて:編集委員会と政策法制度委員会より顧問制度導入の要望があり、内規の変更案が提示されたが、学会として顧問に関する共通のルール化が必要との意見があり、他の委員会の意見も聞いたうえで、再度検討することとなった。
ケ、 GPSにおけるCOIについて:生涯教育委員会より、GPSの投稿に際して、これまで明確なCOIの規定がなかったため、「学会発表時の利益相反に関するガイドライン」を基に作成された「良好実践事例(GPS)投稿時の利益相反(COI)に関するガイドライン(案)」が提示され、承認された。「産業衛生に関する調査研究等における利益相反(COI)に関する規程」の対象者に、GPSの投稿者を追加することとした。
コ、 名簿の取扱に関する方針について:地方会、部会に提供する会員名簿の対象や項目、名簿管理者の設置等、今後の名簿の取扱に関する方針が述べられた。会員名簿取扱に関する注意事項の作成等が提案され、承認された。また、名簿の取扱に関する規程に、廃棄に関する項目を加え、改定することとした。名簿管理システムの改修等については、今年度中に具体的運用を決め、2021年度総会後に移行することとなった。
サ、 広報委員会について:広報委員会(仮称)の設置について、目的、設置概要、今後の手続き等が説明され審議した結果、承認された。設置に先立ち、学会ホームページ見直しワーキンググループを発足することとし、座長の川上理事長、IT担当理事、メルマガワーキンググループ等の計7名のメンバーと、作業工程の案が提示され、承認された。次回総会では常設委員会としての設置を諮ることとした。
シ、 ダイバーシティ推進委員会からの提言:2019年度に行った学会行事等での託児室等設置のアンケート結果に基づき、託児室設置の費用や、設置場所、委託業者の選定等のルール化と、会員向けの利用手引きの作成等の情報提供が提案された。今後は、学会・全国協議会のマニュアル作成担当者と、ダイバーシティ推進委員会、業務執行理事とでルール化に向けた検討を続ける。理事長より、第93回日本産業衛生学会において、複数の学会員から託児利用者の増員を求める要望書が提出され、対応を図っていたことが報告された。
ス、 その他:日本医師会において「全国医師会産業医部会連絡協議会」が設置され、本学会の役員もその構成員となった。日本医師会より2020年5月31日に開催予定の第1回全国医師会産業医部会連絡協議会の共催依頼があり、引き受けた。今後の重要課題の一つである連携のための組織体制づくりについて、学会内に森副理事長を中心としたワーキンググループの発足が提案され、承認された。
2. 報告事項
第93回日本産業衛生学会:誌上・Web開催(2020年6月12日~6月28日)
第94回日本産業衛生学会:松本、開催期間(2021年5月19日~21日)、今後の新型コロナウイルス感染症の動向を見ながら準備中。
第95回日本産業衛生学会:高知市、時期未定
第30回日本産業衛生学会全国協議会:鹿児島、開催期間(2020年11月20日~22日)、誌上・Web開催となる可能性あり。
第31回日本産業衛生学会全国協議会:三重県津市、日程未定
会員の状況:正会員数8,218人(2020年3月30日現在)
以上
各県報告 広島県報告
「手話の頸肩腕障害」出版の紹介
宇土 博
友和クリニック 院長

 2020年3月に、「ケイワンを知って生涯手話人生を送ろう!―手話通訳の頸肩腕障害の予防と治療―」を出版しましたので紹介します。頸肩腕障害は、古くて新しい病気で、現在でも産業保健の大きな課題であり、その予防対策の充実が望まれます。
 テレビや講演でよく見られるように、手話は聴覚障害者のコミュニケーション手段であり、その利用が広がっています。近年では全国各地で手話言語条例が制定され、手話に対する理解は広まっています。先ごろ目にしましたが、羽田空港には、手話電話が設置され、テレビ電話を通して、手話で話すことができます。

 このように、手話の要求は高まっていますが、手話による頸肩腕障害は、重症の発症例が多く、その予防対策・治療は大きな課題となっています。今回、この本を出版した目的は、手話通訳者本人に痛みのメカニズムや効果的な予防・治療法を理解してもらうと同時に、手話通訳の特性について職場や家族、友人、医療関係者等に正しく理解してもらうために出版しました。
1.頸肩腕障害について
 肩腕障害は上肢等に過度な負担のかかる作業を継続して行うことにより疲労が蓄積し、痛みやしびれなどの感覚障害や手に力が入らないなどの運動障害の症状を引き起こす疾患です。
 頸肩腕障害の古い記録では、お坊さんの発症があります。原因は、木魚ではなく写経だと思われます。仏教の普及のために、大量の仏典を複写する必要があり、写経生という写経を職業として行う人もいました。ヨーロッパでは、約200年前に、イタリアの医師ラマッチーニによって、会計書記の発症例が報告されています。
 表1に示すように、頸肩腕障害が多発し、社会問題となったのは、近年になってからです。1957年に電電公社のキーパンチャー病が報告され、頸肩腕障害に苦しむキーパンチャーの自殺で大きな社会問題となり、原因の解明が開始されました。その後は、組み立てラインなどの多様な職種に拡がりをみています。
2.手話の頸肩腕障害について
 我が国で最初の手話通訳者の頸肩腕障害の発症は、1984年に札幌市の嘱託手話通訳者で、1988年に滋賀県での発症を契機に1990年に「手話通訳の実態と健康の全国調査」が行われ、頸肩腕障害の予防の研究や取り組みが始まりました。
 手話通訳作業は、同時通訳のために、手指や腕を高速で動かし続ける負担があります。そして、口の動きや表情と手の動きで表現するために、聴覚障害者が見えるように顔と手の動きを示すために、胸の高さで手指を動かす必要があり、腕を宙に浮かした状態で手話動作を行う。そのため、腕を支える肩、首に過大な負担がかかります。腕の重さは、体重の5%とされ、2-3㎏の重さが肩・首にかかります。この上肢の挙上姿勢の負担が手話の中心的な負担です。このような頸肩腕部の負担のために、しばしば難治性の重症の頸肩腕障害が発症します。
 友和クリニックでは、これまで7人の公務災害/労災の認定を行ってきました。手話は、1995年参院選の政見放送に採用、2011年県知事選、その後、行政機関窓口、さらには「手話言語条例」の制定で、県・市議会の通訳などに拡大しますが、通訳者が不足しています。また通訳者は非常勤など身分が不安定なために無理をしやすく頸肩腕障害が多発しています。
 こうした現状の打開のために、鳥取県倉吉市の手話通訳グループと共同し、クラウドファインディングを活用し出版しました。倉吉のグループが立ち上がったのは、2013年に “手話言語条例”が、全国で初めて鳥取県で施行され、頸肩腕障害の発症例も多いことによっています。
 公的資格の手話通訳士は、全国で、約3,800人(2020年3月)で、手話通訳者、8,000人、手話奉仕員18,700人、要約筆記者3,500人、要約筆記奉仕員13,100人など手話・要約筆記に関わる人は延べ47,000人に上ります。(平成22、26、27年厚労省障害保健福祉部)今回の出版が、手話の頸肩腕障害の予防・治療に役立つことが期待されます。
 本は、アマゾンでも購入できますの、関係者にお知らせ願えればと思います。
各県報告 岡山県報告
高尾 総司
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科疫学(衛生学)分野
 2018年より中国地方会の代議員を務めております。振り返るとあっという間に2年が過ぎ去ってしまっており、急に慌てて「何をすべきか」を考え始めました。従いまして、「岡山県報告」との題ではありますが、内容と少々フィットしない部分はご容赦ください。
 さて、まず最初に必要だと感じたことは、地方会の位置づけの整理、具体的には組織の明確化と周知です。個人的にも、代議員として役員会等の出席を経てもなお地方会と各部会との関係性などが、本来はややこしい話であるべきではないはずにも関わらず、意外なほど、複雑になっているように感じられ、混乱がすっきりとは解消されないままです。この点は、地方会会員においても同様ではないかと思われます。今後、役員会等でも議論のうえ、ニュースレター等であらためて整理ができればと考えています。
 次に、運営上の負担を軽減しつつ、地方会の意義を高めるための工夫を考えたいと思います。折しもちょうど、この3ヶ月間ほどの間、多くの方が、オンライン会議やオンライン教育など、さまざまな変化を実際に体験されたのではないでしょうか。大学におきましても、まだまだ十分とは言えない未完のオンライン授業でも学生側の反応は、特に熱心な学生においては、「わからなかったところを見返せる」といった、比較的好印象のものが少なくありませんでした。地方会の運営にあっても、負担軽減を伴うのであれば十分に参考に、そして検討できるものと思われました。また、地方会の意義として、学会本体と類似の活動を行うよりも、むしろ、学会本体が十分にカバーしきれていない、いわば空白部分をしっかりと補完するような役割を果たすことも重要ではないでしょうか。オンラインに関していえば、代議員を中心に、産業保健の初学者のために基礎となるオンライン研修教材をラインナップするようなことはそれほど難しいことではないと思われました(どこのサーバーにおくのか、セキュリティはどうするのか、といった問題は、もちろんつきまといますが)。
 また、事務局負担の分担・分散化も課題です。これまでも事務局負担の問題は認識しておりながら、具体的な行動に移せておりませんでした。岡山大学衛生学分野においても、一定の「分担」については検討できるとは考えておりましたが、事務局機能すべて一括してすぐに承ってしまうことができるかどうかは即決までは致しかねておりました。いまさら申し上げるのも、後出しのようで恐縮ではありますが、たとえば事務局機能を可能な範囲でいくつかに分割し、分担するような方向は検討できないものかと思います。考えてみると、(1)名簿管理、(2)会計、(3)ニュースレター発行、(4)研修実施(地方会・役員会開催)、といった機能分割を前提とすれば、また、役割も完全に固定してしまうのではなく、一定期間ごとに持ち回るなどすれば、いくばくかでも負担の分散化を図ったうえで、継続性の高い運営が可能にはならないでしょうか。
 以上、大風呂敷を拡げておきながら、何も実現できなかったとお叱りをうけてしまうようなことにならぬよう、どこから取り組むか、しっかりと見定めたうえで、一歩ずつでも着実に進んで参りたいと思います。
各県報告 島根県報告
塩飽 邦憲
島根大学名誉教授
新型コロナウイルス感染症COVID-19に揺れる職場・地域
 島根県では4月9日に第1例目の感染者として高校生が確認され、その後、その家族やアルバイト先のスナックでクラスタが発生した。4月中に24名の感染者(松江市:17名、出雲市:7名)が発生したが、7月9日現在は全員退院している。感染者では30代以下が2/3を占め、その中に大規模工場の従業員が含まれていた。該当の事業所では3日間消毒などのために一部工場の操業を停止し、約7千人の従業員を自宅待機とした。幸いにも職場や医療介護施設での感染は認められていない。
 7月現在、職場での新型コロナウイルス感染症対策である三密回避、手洗い、清掃、換気、マスク着用、健康状態の確認に加えて、テレワークやローテーション勤務、オンライン会議、県外出張等の制限を継続している。有効なワクチンや薬剤が開発できておらず、新型コロナウイルス感染症の収束は見えておらず、当面ウイズ・コロナでの対策が求められる。一方、安全衛生活動については、安全衛生委員会、職場巡視、健康診断や研修等についても3月頃から制限されていたが、7月から徐々に再開されつつある。
 一方、感染者・濃厚接触者や医療従事者等に対する誤解や偏見に基づく差別が問題となっている。濃密な人間関係を有している農村地域では、感染者・濃厚接触者の個人情報が短期間で広がって特定され、誹謗・中傷が相次いだ。残念ながら、ハンセン病患者の隔離への反省から改正された感染症の趣旨が浸透していない。感染への恐怖が誤解や偏見に基づく差別を助長しているものと考える。
ウイズ・コロナ時代の働き方改革
 島根県では、ローテーション勤務やオンライン会議を実施している事業所は多い。しかし、大都市、大企業で導入が進んでいるテレワーク・在宅ワークについては、島根県では製造業、建設業や医療福祉、小売業、サービス業など現場で働くことが必要な業種が多いために導入しにくく、行政機関でもリモートアクセスサービス導入の遅れやセキュリティの課題からほとんど実施されておらず、ウイズ・コロナ時代の公的な事業継続に大きな課題となっている。
 また、ウイズ・コロナ時代の在宅ワークが労働者の健康にも大きな影響を及ぼしている。長い通勤時間からの解放、家庭生活との両立の面では良い影響が多いが、家庭での労働環境(時間、空間、機器、温湿度)を確保することは容易ではない。特に未就学児・小学生を養育している家庭では、仕事に集中できないこと、小学生の勉強のサポート、未就学児には仕事に集中する時間を作るため、子どもにTVやタブレットなどを長時間見せていることなどの問題を抱えている。過重労働対策としては、時間管理を主に行っているが、テレワークでの厳しい時間管理を行うと家庭生活との両立が困難となり、業務遂行の自由度が失われる。根本的には、現行のメンバーシップ型雇用から職務や勤務地、労働時間が限定されたジョブ型雇用へ転換が必要かもしれない。
各県報告 鳥取県報告
黒沢 洋一
鳥取大学医学部医学科健康政策医学分野
最近の鳥取県の産業保健関連の現状について報告いたします。
 鳥取労働局によると、鳥取県における令和元年定期健康診断の有所見率は54.3%であり、前年平成30 年度(53.7%)よりやや高い有所見率となっています。また全国の有所見率(56.6%)よりも低い状況です。定期健康診断では、血中脂質(27.9%)、肝機能(14.0%)、血圧(16.3%)が、有所見率10%を超える健康診断項目です。特殊健康診断(法令によるもの)においては、有機溶剤等中毒予防規則等の法令に基づく健康診断の受診者が最も多く2,924人となっており、有所見者が93人で有所見率は3.2%(全国6.2%)です。特定化学物質健康診断受診者が3,066人で有所見率1.6%(全国1.7%)、電離放射線健康診断受診者が1,184人で有所見率7.6%(9.4%)、石綿健康診断受診者が544人で有所見率0.4%(全国1.2%)となっています。
 令和元年度の休業4 日以上の業務上疾病は24 人で、平成30年度(33人)に比べて減少しています。疾病の内訳は、「負傷による腰痛」が16 人、「高熱物体を取り扱う業務による熱傷」が2 人、「暑熱な場所における業務による熱中症」が1名などです。平成30年度の「暑熱な場所における業務による熱中症」が6名と多かったので、気候の影響により熱中症が減少したと考えられ、それが業務上疾病が平成30年より減少した一因と考えられます。
 産業医関連では、鳥取県医師会主催の産業医研修会が、東部会場(110名)、中部会場(81名)、西部会場(92名)で「働き方改革法制度」、「職場のハラスメント事例」、「メンタルヘルスの進め方」、「受動喫煙防止」、「職場の熱中症」等をテーマに開催されました。鳥取県産業保健協議会が2019年11月14日鳥取県医師会、鳥取労働局、鳥取産業保健支援センター等が参集し開催されました。
 鳥取産業保健総合支援センターの活動は、相談件数150件、研修会(テーマ労働時間法制、職場の熱中症、メンタルヘルス、ストレスチェック制度の活用、受動喫煙防止、両立支援等)82件、事業主セミナー等11件、訪問支援141件(メンタルヘルス対策支援78件、両立支援25件等)、メールマガジン送信は14,898件、ホームページアクセスは2,5025件という実績でした。
 さて、令和2年に入り、我が国において深刻な問題が生じ、産業保健においても重大な課題となりました。それは、新型コロナウイルスによる感染症COVID-19の流行です。令和元年末に中国・武漢で発生した新型コロナウイルス感染症は令和2年2月頃より我が国でも問題となり始め、海外への渡航・出張の自粛、大規模イベントの中止等の影響が出始め、鳥取県内でも各事業所から産業医や行政に対して感染予防対策に関する問い合わせ・相談(消毒法、健診の延期、出張の可否、PCR検査の受検等)が急増しました。3月以降、鳥取県で3名のCOVID-19感染者が散発的に発生しましたが、いずれも軽症でした。6月8日現在、感染者数は0名であり、COVID-19感染のクラスターは発生しませんでしたが、各事業所は自粛の緩和と同時に第2波に備えた準備をしている状況です。今後のCOVID-19流行の動向に最大の注意を払う必要があります。
 以上、簡単ですが最近の鳥取県の産業保健の状況を報告させていただきました。
各県報告 山口県報告
鍋島 篤典
山口県産業医会 幹事
 令和2年2月9日に第70回山口県産業衛生学会が山口市の総合保健会館で開催されました。
 「県内中小零細企業における産業保健の現状と課題を考察する ~様々な立場・現場の声を広く聞き、公開討論を通じて相互関係の強化へ~」をテーマとして、各立場の方をお招きし、講演およびパネルディスカッションの形で進行いたしました。
 基調講演では山口県健康福祉部健康増進課健康づくり班の東弘明主任主事より「山口県における健康づくりの取り組み~特に事業所において~」と題してお話をいただきました。簡易に導入することができる健康づくりのためのツールの紹介を中心として、各事業所でも取り組みやすい健康づくりの方法を示してくださいました。
 特別講演では山口労働局労働基準部健康安全課の末廣高明課長より「最近の労働衛生(産業保健)の動向について」と題してお話をいただきました。県内労働衛生の動向について解説のほか、事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドラインが策定されたこともあり、取組などの要点についてわかりやすく提示していただきました。
 午後に行われたパネルディスカッション「県内中小企業における健康診断の実施および事後措置について」では3名のパネリストより講演をして頂いた後、ワークショップ、討論内容発表を経て公開討論を行いました。
 まず、宇部労働基準監督署の木元睦夫署長より「管内の中小企業における健康診断の実施及び事後措置について」をテーマとしてお話をいただきました。行政の立場から、現場で改善すべきポイントを明確に示された一方、それ以外にも多数の課題が示唆されました。
 次に、宇部商工会議所の渡邊祐二専務理事より「商工会議所が助成している健康診断促進を通して見える中小企業の課題」をテーマとしてお話をいただきました。現場で起きている問題を、現在取り組まれている活動と、今学会のために取られたアンケート結果を元に詳細に分析され、提示されました。
 最後に、宇部地域産業保健センターの日昔吉紀コーディネーターより「県内小規模事業場の産業保健活動に対する支援例~地域窓口コーディネーターの立場より~」をテーマとしてお話をいただきました。様々な支援を通じて、産業保健の抱えている課題をより具体的に示してくださいました。
 ワークショップでは、パネリスト発表を通じて示された課題について参加者全員の意見を複数の講師が討論を通じて集約し、発表いたしました。中小零細企業の抱える課題について優先順位を付けることは難しいものの、産業保健と経済活動の両立をさせるためには各立場での協力が必要だと示されました。
 また、その後の公開討論では、現場での健康意識の高まりを、どのように健康活動へ結び付けられるのか、各立場の意見も交えて活発な議論が行われました。
 当日は専属産業医、企業勤務の産業看護職、嘱託産業医活動に従事している医師会会員の先生方、衛生管理者や健診機関・企業の産業保健に関わる方々など100名を超える参加があり、非常に有意義な1日となりました。
編集後記
日本産業衛生学会 中国地方会長
荻野景規
 本年度、開催予定の中国四国合同産業衛生学会が、新型コロナウイルスの蔓延の影響で中止となり、再来年へ延期となりました。各部会、各県の幹事の先生の記事を見ても、産業保健活動における今回の新型コロナウイルスの影響がいかに大きいかが伺えます。
 4月以降、大学や会社は、自粛要請で、在宅勤務及び遠隔講義を余儀なくされました。感染が完全に収まらないうちに、見切り発車のように経済の活性化を政府は推進しようとしています。この二律背反が、いかに難しい舵取りかは、よく分かります。会社組織に雇われる多くの産業医や産業保健師を抱える日本産業衛生学会のあり方も問われてくるように思います。今しばらく続くことが予想される新型コロナウイルスの脅威と戦いながら、産業保健活動のデジタル化を推進し、より効率的で内容のある学会にするべく若い先生の活躍に期待します。