日本産業衛生学会 中国地方会
地方会ニュース 第39号(令和4年7月)
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新型コロナウイルス感染症対策を振り返って

田村 太朗
島根大学医学部 環境保健医学(環境予防医学)准教授
 私はちょうど新型コロナウイルス感染症の始まる直前、2018年4月より、福井市で保健所業務、特に感染症対策を担うことになり、2020年1月~2021年3月末までその任にあったこともありました。その中で保健所の側で今回の新型コロナウイルス感染症の対策を見てきました。その後、2021年4月以後は現在の所属となり、新型コロナウイルス感染症対策を直接業務として行うことはありませんでしたが、ようやく社会全体が新型コロナウイルス感染症との折り合いをつけるフェイズに入ってきたようです。感染者数に一喜一憂する人も減り、マスクを外してもよい状況などにも政府が言及するようになってきました。ただ、今後も新型コロナウイルス感染症の変異の状況などにも注意しながら、感染対策は引き続き求められることと思います。また、新型コロナウイルス感染症に限らず、また別の感染症についても今後、考えていく必要があります。今後の対策の際には今回の新型コロナウイルス感染症での経験を生かすことが重要です。このフェイズの切り替わってきた段階ということもあり、今回は1年ちょっとの新型コロナウイルス感染症対策の経験の中で見えてきた感染症対策についての問題点を、PCR検査、人権の保護、リスクコミュニケーション、の3つから振り返ってみたいと思います。
 一つ目の「PCR検査」についてですが、当初、報道などでPCR検査の基準として「37.5度以上の発熱が4日以上」という文言が取り上げられ、検査をしてもらえないとの意見が多数寄せられました。その当時、保健所に勤務し、相談センターで電話対応をしていると、一般の方はおろか先生方からもお電話をいただく中で、実際に「なぜ検査をしてくれないのか」といった苦情も多数いただきました。その時々で検査を受け付けない理由は違いましたが、PCR検査の数を絞ろうとしたことは個人的にはありませんでした。検査が提供しづらい状況もありましたが、その理由としては、PCR検査の機械の問題よりも、検体採取をする医療機関の負担が過大であったころがあります。フルPPE着用し、養生も一人ずつやり直してのPCR検査の検体採取は担当医師の負担が過大であり、1日での採取人数は限界がありました。ただ、私の経験の中では医師からの依頼については、全て対応させていただいたはずですし、全国の保健所長の中には、医師からの依頼は断ってはいけないと明言されていた方もいると聞き及んでいます。PCR検査が行われないご不満についての問題点の一つは、このPCR検査の基準と取り上げられたものが実は検査の実施基準ではないことにあります。保健所で感染症対策をしてきたものからすると、この基準というのは、感染症アウトブレイク調査時の症例定義にあたるものとして提示されたものです。症例定義というのは専門にしている人なければ馴染みのない言葉です。症例定義とは「その人が事例の症例に該当するかどうかの判断基準であり、病名を確定するための診断基準とは性格が異なる。基本的に、調査対象とする症例の特徴を、臨床情報・時間・場所・人の要素を含めて作成する。」とされており、「誰でも同じ判断ができるように、具体的でシンプルかつ客観的でなければならない。」と言われています。症例定義の考え方からすると、この基準は新型コロナウイルス感染症として疑う十分な理由となるため、「誰でも同じ判断ができる」とあったように一般の人からの情報でも検査対象とすべきもので、医師がその診断の上で新型コロナウイルス感染症を疑う理由というものとは全く別のもの(病名を確定する診断基準とは性格が異なる)です。このあたりの疫学調査の専門家が考え方と一般の方や疫学調査をしない医師との受け取り方の差異により当初PCR検査実施の基準となってしまったことが、当初の検査の混乱の一因になったと思います。
 二点目の「人権の保護」についてです。感染症と人権の問題は歴史的にも根深い問題と医学部教育の段階から学んではいたつもりですが、実際に直面することでその難しさを再認識することになりました。隔離による感染拡大防止策は、本来ほかに有効な手がないときの最終手段にするべきだな、と実感した次第です。ハンセン氏病でも、隔離が行われることによる市民のイメージの悪化から差別が続いた歴史がありましたが、今回の新型コロナウイルス感染症でも同様のことがあったと思います。入院措置がとられることもですが、積極的疫学調査により、自分の行動履歴について問いただされるという面、また、それにより濃厚接触者となると自分の知人に迷惑がかかってしまうなどという問題、これらが新型コロナウイルス感染症の恐怖心を高めるとともに、社会の混乱の一因となったことは間違いないでしょう。「感染症においてはみんなが被害者である。行動制限についても協力することが称えられるべきことである。」ということをもっと強く発信できたら、一般の皆様にわかっていただけるように話を始めることができれば、もっと違ったのではないかと思います。
 最後に「リスクコミュニケーション」の問題です。これは第1、第2の問題でもすでに言及していることですが、情報発信の仕方に様々な課題を残したと思います。第1、第2の問題の中では、基本的に政府と一般市民との間のコミュニケーションの問題を主に書かせていただきましたが、専門家と非専門家の間のコミュニケーションにも問題があったように思います。専門家である分科会と、政府との間の関係がまさに手探りであったようで、分科会に参加された先生方の様々な言説を聞くにつれても、専門家の先生たちのご苦労がしのばれます。様々な立場があり、しばしば、我々は専門家としての意見を求められます。感染症対策については、医師としてはやはり感染症を抑え込むための知恵を求められ、そういった意見を出すことになることがほとんどです。産業医活動をされている中でも、従業員の立場と企業の立場の板挟みになるところがあるのと同じだと思います。すべてのステークホルダーが関与するリスクコミュニケーションの在り方、これは様々な場面で重要視されていますが、まだまだ発展途上ではないかと感じました。
 その他、様々な問題点、課題はあり、今後もそういった問題点の整理はなされると思いますが、すでに、今年3月に保健所側からの視点として、令和3年度地域保健総合推進事業報告書「新型コロナウイルス感染症への対策の実際とあるべき姿~次のパンデミックに向けて~」(日本公衆衛生協会)が全国保健所長会のホームページ内で公開されています。今後の感染症対策のための示唆に富んだ内容となっているので、是非一読していただければと思います。
第66回中国四国合同産業衛生学会(山口)のご案内
第66回中国四国合同産業衛生学会について

田邉 剛
山口大学大学院 医学系研究科
公衆衛生学・予防医学講座
 中国地方会の皆様、このたび第66 回中国四国合同産業衛生学会を担当いたします、山口大学の田邉と申します。会期は2022年10月29日(土)~10月30日(日)です。新型コロナ感染の影響を考え、完全オンラインで開催いたします。
 テーマは「化学物質管理の歴史的側面と具体的実践方法」といたしました。現代の職域において、近年変化する化学物質管理を重要な課題と考えて取り上げました。特別講演では産業医科大学の堀江正知先生から歴史的側面について、三井化学株式会社の土肥誠太郎先生から具体的実践法法について、お話を伺います。貴重な情報を共用できることを期待しています。
 部会研修会では、昨年と同様二部制として、参加される方が複数の部会研修会を視聴できるようにしました。視聴による単位認定も可能となるようにいたします。対面受講が必要な産業医研修単位は、現地で視聴できる場所を用意する予定です。
 一般演題につきましては、今回のテーマに限らず、幅広く産業衛生に関する多くの演題の登録をお願いいたします。
 学会で直接お目にかかれないのは大変残念ですが、オンラインでもさまざまな意見交換は可能ですので、充実した学会となることを目指しています。多くの皆様のご参加をお待ちしております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
開催内容
会  期: 2022年10月29日(土)~10月30日(日)
開催形式: 完全オンライン(オンデマンド配信は行いません)
テーマ: 『化学物質管理の歴史的側面と具体的実践方法』
演題募集: 令和3 年(2021年)7月20日~ 9月20日
日  程:  
1日目  2022年10月29日(土)
13:00~15:00 第一部部会研修会  産業衛生技術部会、産業歯科部会
15:30~17:30 第二部部会研修会  産業医部会、産業看護部会
17:45~18:45 中国地方会役員会、四国地方会役員会
18:45~19:15 合同役員会
 
2日目  2022年10月30日(日)
9:00~11:00 一般演題口演(オンライン講演のみ)
11:00~12:00 特別講演 1. 産業医科大学 堀江正知先生
12:30~13:30 中国四国地方会合同総会
13:30~14:30 特別講演 2. 三井化学 土肥誠太郎先生
14:35 閉会
理事会報告
2022年度理事会報告

鎗田 圭一郎
鎗田労働衛生コンサルタント事務所
 2022年の第1回理事会は下記の日時・場所で開催されました。
2022年4月16日(土)13時~17時・ビジョンセンター東京駅前
審議事項、協議事項、報告事項は下記の通りですが、その主な事項に関し内容を簡単にご報告いたします。
1. 審議事項
(1) 2021年度第4回議事録の確認
(2) 2022年度の総会開催について
(3) 2021年度事業報告案について
(4) 2021年度決算報告案について:学会活動が徐々に活発になったことで支出も増加し、前年度の決算では満たせなかった公益目的事業会計の収支相償を満たすことができた。有休財産の超過に対する対策として特定費用準備資金等1600万円を積み立てた。各会の内部留保解消に向けて計画的な予算の執行に取り組む必要があることを再確認した。
(5) 年次学会運営委託業者の選定について:公募に対して3社の応募があり、そのうち2社から企画提案書、見積書が提出された。この2社のプレゼンテーションを受ける予定。選定メンバーは、直近の企画運営委員長3名、経理担当理事2名、および事務局長。
(6) 委員会委員の交代、追加について:政策法制度委員会、ダイバーシティ推進委員会
(7) 学会賞受賞者候補者の確保について:学会賞選考委員会から候補者を安定的に得るために再考された方策が説明された。従来の推薦公募方法に加えて、代議員に対しメールにて積極的な情報提供を働きかける。提供された情報や過去の奨励賞受賞者リストに基づき、候補者をノミネートする。応募状況が十分でない年に限り、その中から数名の候補者に公募に応えて応募していただくことを勧める。
(8) 国際交流事業について:遊休財産保有額制限の超過対策の一つとして積み立てられた国際学会積立2000万円を活用した国際交流事業の検討を進めている。アジアの産業保健に貢献する取り組みの一環として、日本産業衛生学会「Occupational health for SDGs:Asian grant」(仮)を設置し、産業保健をSDGsと関連づけて推進するテーマの活動提案をアジアの研究者、実務家から募集、期間3年、合計5件程度を助成する予定。またそのためのワーキンググループが発足、担当理事は川上憲人理事と菅沼成文理事。助成金1課題(プロジェクト)400万円程度について議論有り、継続審議となった。
(9) 研究会の解散、解散猶予申請について:「交通における安全と産業衛生の研究会」が解散届を提出、その他5研究会から解散猶予申請が提出され、承認された。
(10) 研究会Q&Aの更新について:解散猶予措置は各研究会1回限りであることや、解散後の研究会が学会の自由集会開催時に「~研究会」という呼称は使わないようにすること等が追加された。
(11) 新入会委員について:約250名の入会申し込みがあり、承認された。
(12) 次回理事会日程について:第2回理事会は、2022年7月30日(土)、第3回は、10月30日(日)、第4回は12月24日(土)に開催予定。
(13) その他:国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の公募への応募について:会員へ告知し、学会が推薦する出題を公募し、審査することとした。学会(理事会)と研究者(会員)との体制等の検討を続ける。
2. 協議事項
(1) 第95回日本産業衛生学会(準備状況報告):予定通り開催済み
(2) 第96回日本産業衛生学会準備状況報告:関東地方会が担当、現地会場は宇都宮コンベンションホール(施設名:ライトキューブ宇都宮)、ハイブリッド開催。
(3) 第97回日本産業衛生学会準備状況報告:中国地方会の担当で広島国際会議場・HBGホール・アステールプラザの平和公園ゾーンで開催、会期は2024年5月23日(木)~5月25日(土)を予定。
(4) 第98回日本産業衛生学会の担当について:近畿地方会に検討を依頼した。
(5) 第31回全国協議会会計報告:収入計21,154,038円、支出計21,154,038円、現地参加は1,660名。
(6) 第32回全国協議会準備状況報告:2022年9月29日(木)~10月1日(土)、札幌コンベンションセンターで開催、4月25日から一般演題登録を開始。
(7) 第33回全国協議会準備状況報告:2023年10月27日(金)~10月29日(日)を予定、企画運営委員長は小林正洋。
(8) 第34回全国協議会準備状況報告:関東地方会の担当で、千葉県で開催予定。
3. 報告事項
(1)4部会長会議報告,(2)~(5)各部会報告,(6)専門医制度委員会報告(7)社会医学系専門医協会報告,(8)編集委員会報告,(9)許容濃度等に関する委員会報告,
(10)生涯教育委員会報告,(11)政策法制度委員会報告,(12)利益相反に関する委員会報告,(13)産業保健看護専門家制度委員会報告,
(14)広報委員会報告:学会HPのリニューアルの経緯とアクセス分析について、アク セス数は720アクセス/日、3547アクセス/週、1.3万アクセス/月でアクセスの多い時間帯は月~金曜の11時台~17時台(2022年2月27日~4月1日)。
(15)中央選挙管理委員会報告,(16)ダイバーシティ推進委員会報告
(17)業務執行理事報告:2022年1月17日~2月15日にオンラインで行われた第1回会員調査で、学会の開催方法による参加意向では、ハイブリッド開催によるオンライン参加(おそらく参加・必ず参加;88.9%)がハイブリッド開催の場合の現地参加(同49%)および現地のみでの開催の場合の参加(同51.9%)を大きく上回った。
(18)担当理事報告,(19)公的委員会等情報報告,
(20)会員の状況:正会員数8,232人(2021年4月4日現在)で、2021年度中の会員数が初めて減少した。森理事長より、入会者数を増やすための方策の検討が呼びかけられた。年次学会や全国協議会を魅力あるものにする、学会参加費の学会員と非学会員の価格差を広げる等の学会員であるメリットを大きくする案が挙がった。
(21)学会名簿使用許可報告研究会世話人交代について,(22)研究会世話人交代について,(23)協賛・後援等,(24)その他:謝金等について 
以上
各県報告 広島県報告
第97回産業衛生学会の開催について

真鍋 憲幸
三菱ケミカルグループ株式会社
この度、第97回産業衛生学会(2024年度)を2024年5月に広島市で開催することになりました。先の学会本部理事会、及び、先日高知で開催されました中国地方会役員会で決定がなされましたため、まずはこのニュースレターで地方会員の皆様にご報告をさせて頂きます。
広島県にご所属の学会員、代議員の皆様はもとより、中国地方会全員の皆様のご協力とご支援がないと決して前に進めないと考えております。心よりご支援ご協力をお願い申し上げます。
さて、本年度は中国地方会を含めて代議員・役員体制の改選時ですので、正式な学会運営体制は地方会の体制が確定した後に発足することといたしまして、当面は準備委員会という形で対応を行っております。
現時点では、会期、会場等が下記の通り決定しております。
■ 会 期: 2024 (令和6) 年5月22日(水)~5月25日(土)
■ 会 場: 平和公園ゾーン
     (広島国際会議場、広島市文化交流会館、JMSアステールプラザ)
■ 開催方式:対面+webのハイブリッド方式
今後、官公庁、地方自治体や医師会への後援・共催などの依頼、テーマ及びプログラムの検討、ファイナンスプランの策定などを、皆様方及び学会本部とご相談しながら準備させて頂きます。
広島県での年次総会の開催は1986年以来38年ぶりとのこと。1929年の第1回大会から数えて広島での開催は2回目のようです。コロナ禍の影響をにらみながら展望の検討を行う部分も多いと思いますが、楽しく実りのある、オープンで活発な議論がなされる学会になるよう尽力したいと思います。
中国地方会関係者の先生方、皆様方には今後、種々のご相談やお願いをさせて頂く事も多いと思います。ご協力の程何卒よろしくお願い申し上げます。
各県報告 岡山県報告
高尾 総司
岡山大学学術研究院医歯薬学域 疫学・衛生学分野
 まず、自分自身の所属の名称が変更になりました。大学院大学に移行したときも、名称が非常に長くなり困ったものだと思っていましたが、今回の変更も馴染みにくいもので、しばらくそのままにしておりましたが、重い腰をあげました。
 さて、この1年間にあったことを振り返ってみたいと思います。何度か、代議員間で「地方会としての活動」について(それなりに時間をとって)意見交換をする機会もありました。しかし、結局のところ現時点で地方会として、またその中でも岡山県として「取り組んでいることがない」という現状を認めざるを得ないことに直面しました。いろいろやってみようと思うことはあるものの、それはすなわちまだやっていないことの裏返しなのだと。
 ここからは「岡山県報告」というよりも、個人的な雑感になってしまいますが、先日参加した第95回総会(高知)に前後して、6名ほどの学会入会紹介を行いました。臨床の先生方の中に、確実に産業保健領域への関心が芽生えつつあるのを感じました。ところが、言ってみれば産業医初心者である先生方が、本学会の門をくぐってみたところで、本当に期待されるものを提供できているのかというミスマッチの懸念が拭えません。つまり、産業保健という山のてっぺんを目指す活動をするのか、裾野をひろげる活動をするのかと換言してもいいのかもしれません。学会本体がリーディングエッジを目指すことには何らの異論もないのですが、地方会や岡山県として考えたときに、本体に追従するのか、それとも地方のニーズをとらえて、やや独自色の強い活動をするのかということから、そもそも対比的に検討してもいいのではないかと考えました。
 学会入会者数やその属性といった直截的なことだけでなく、肌感としても20年前と比較すれば、「産業医」というものに対して(特に若い)医師から向けられる視線の種類・強さもはっきりと変わったといえると考えています。つまり、「業界」に対する新規参入者が急増しているなか、ベーシックなところに主眼をおいた活動が必要ないはずはありません。しかし、この部分は自分自身の過去を振り返ってみても、また指導者側としての自分の現在の活動を俯瞰してみても、「習うより慣れろ」的な側面がいまだに色濃く残っているような気がします。「誰が」このニーズに応えるのかということを思案した際に、「地方会の役割」が見えてくるのではないでしょうか。
各県報告 山口県報告
  第72回山口県産業衛生学会
学会長 廣川 泰嗣
山口県産業医会 幹事
 2022年1月30日(日)に山口県総合保健会館(山口市)にて開催を予定しておりました、第72回山口県産業衛生学会(主催:山口県産業医会、山口県医師会)は、2022年1月7日に内閣官房より広島・山口・沖縄に新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置が公示されました後も、山口県内の新型コロナウイルス感染状況が収束する気配を認めておらず、山口県内各地の新型コロナウイルス感染確認者数増加のため、残念ながら中止とさせていただきました。従いまして学会報告に代えまして、学会の準備段階から最終的な内容の決定までの概略を述べさせていただき、山口県報告とさせていただきたいと思います。
 2021年春に山口県産業医会幹事会におきまして第72回山口県産業衛生学会長に推挙・承認をいただきました際に、第一に検討しましたことは、学会のテーマでした。時宜を得た有意義な学会にすべく検討を重ねましたが、2019年12月に中国で初めて報告され世界的な流行に至った新型コロナウイルス感染症が当時も依然として収束の兆しをみせておらず、産業保健スタッフが対応に追われている最中でした。新型コロナウイルス感染症が災害に相当するか否かは種々意見があるものの、新型コロナウイルス感染症に対する産業保健スタッフの対応は、災害に準ずる対応と行政機関や医療機関との連携が特に求められており、災害対策に通ずるところがあると感じられました。そのような観点から、学会のメインテーマを『災害と産業保健~災害産業保健活動の実際と今後の課題について~』、サブテーマを『“地域行政システム”と“地域医療システム”との連携に関する産業医の対応』といたしました。
 産業保健スタッフが災害を発災から再稼働までの一連の流れとして捉え、その各々の段階での対応や連携を行うに際して、これまでの災害事例を検討・整理することで実際の産業保健活動に生かせるのではないかと考えました。このような考えを基に山口県産業医会の先生方とも相談をさせていただき、学会のテーマ・内容に造詣の深い先生方に講演の依頼をいたしましたところ、テーマの主旨を御理解・御快諾いただき、主旨に相応しい演題を提示いただきました。
 具体的な構成といたしましては、午前中に基調講演「40年間の産業医活動を振り返って」(茶川治樹先生:岩国市医療センター医師会病院)と特別講演「労働衛生の動向について」(山本幸司先生:山口労働局)、午後より教育講演Ⅰ「変わりゆくDMATの役割」(豊田秀二先生:三田尻病院)、Ⅱ「災害時における産業保健スタッフの貢献」(立石清一郎先生:産業医大)、Ⅲ「災害医療体制に学ぶ災害産業保健体制」(久保達彦先生:広島大学)の演題で講演をいただく予定でした。事前に提出いただきました抄録を拝読いたしますと各講演とも被災現場に実際に赴かれた御経験をもとに、現在の災害医療、災害産業保健の課題、問題点を考察され、更に今後の災害医療、災害産業保健のあり方の提言をされた内容であり、それぞれ大変興味深い内容でした。
 最後に本学会の準備には、学会事務局をはじめ関係各位の多大な御協力をいただきました。この場を借りて感謝、御礼を申し上げ、報告を終わりたいと思います。

追記:2022年春に行われました山口県産業医会幹事会におきまして、第75回山口県産業衛生学会(2025年1~2月開催予定)の学会長に再度推挙・承認されました。推挙・承認いただきましたことに深謝いたしますとともに、災害対策は今後も継続して行われるものであり、このたびのテーマを再び取り上げ、一層充実した内容の学会を目指すべく準備を進めて参りたいと思います。
各県報告 島根県報告
鉄鋼製造業における熱中症に対する自律的体調管理の取り組み

岩本 麻実子
日立金属(株)安来工場 健康管理室
   近年、気候変動等の影響で夏は猛暑となり、全国的に熱中症による死亡者数・緊急搬送者数は著しい増加傾向にあります。職場での熱中症による死亡者及び休業4日以上の業務上疾病者の発生状況は全国で年平均(過去 10 年間)死亡者数 21 人、死傷者数 638人と高い水準となっています。
 島根県は「美肌県しまね」として観光PRされているように、日照時間が短く、年間を通して湿度が高い気象条件となっています。湿度が高いことはお肌にはよいかもしれませんが、同じ気温でもWBGT値(暑さ指数)は高くなり、特に熱源のある職場においては熱中症リスクの高い作業環境になってしまいます。
 鉄鋼製造業の当工場では、金属の溶解・鋳造や赤熱した鋼材の加工作業など、過酷な暑熱環境の作業場所が多数あります。作業強度が高い作業では多量の熱が体内で産生され、さらにヘルメット、呼吸用保護具や耐熱服の着用により熱放散が妨げられるなど、暑熱負担・熱中症リスクが非常に高い作業が多くあります。このため、熱中症対策には特に力を入れており、一定の効果を上げていますので、今回の記事では島根県内の一事業所の、熱中症の健康管理の取り組みの一部を紹介したいと思います。
 当工場では、近年では厚労省「STOP!熱中症!クールワークキャンペーン」の実施に合わせ、4月から熱中症対策の作業環境管理、作業管理、健康管理の観点から教育を行い、作業場毎にWBGT計設置、注意喚起や救急対応の掲示、WBGT値低減のための設備や経口補水液を含む飲料水等の準備を開始します。「健康管理」では、持病などのチェックシートを用い必要に応じて就業上の措置を講じ、5月連休明けより9月末まで『体調確認シート』(図1)の運用を行っています。熱中症予防で心掛ける「重点項目」と次の①~④の欄を設け作成しました。作業実施可否や対処の判断に必要な内容を網羅するためチェック項目は多いですが、短時間で記入でき、日々の個人の体調管理と就業上の措置に活用されています。
WBGT値チェック:当日の自身の作業現場でのWBGT値を把握し、必要な低減対策をとる。
作業前体調チェック:脱水、体温上昇しやすい生活習慣や体調不良の有無を確認する。同時に日々の生活習慣改善の意識付けを行う。
体温・尿の回数:作業前・作業中の体温測定により熱中症の兆候を把握する。尿は脱水傾向(尿の回数減少や濃縮)に早期に気付くことができる簡便な指標であり、適切な水分塩分補給を促す。「WBGT基準値」を超える作業では、生理的負担モニタリングとして、脈拍測定を推奨している。
上司による作業実施判断:作業開始前に上司が①~③および、本人の顔色や声の調子、動きなどを踏まえ作業実施可能か判断し、必要に応じて作業時間短縮などの措置を行う。
 「WBGT基準値」は、身体作業強度と熱順化の有無により基準値が設けられています。一般的にも周知されつつあるWBGT値によるリスクレベル28℃「厳重警戒」,31℃「危険」は、作業強度が安静~ゆっくり歩く程度の身体負荷で言えるものであり、現場作業でそのまま活用することができません。実際の現場業務では、同じ負荷・動作の反復だけでなく、負荷の高い作業と集中力を要する監視作業の組み合わせ等、暑熱環境の中で変化があり、実際の作業に該当するWBGT基準値はある程度の広がりをもっています。そこで、WBGT値や作業内容が変動しても直感的にリスクを把握しやすいようグラフ化したものが図2です。右側にはリスクレベルに応じた予防行動の目安を示しました。現場で働く方々に複雑な内容を理解してもらうために、産業医として試行錯誤を続けています。
 熱中症は適切に対処しなければ、非常に重大な労働災害につながります。近年の気象状況において、熱中症を完全に防ぐことは難しいかもしれません。しかし、正しい知識をもって自分ごととして対策し、初期症状の段階で早めの処置をすれば必ず重篤化を防ぐことができます。この夏も皆が健康に乗り越えられるよう、健康管理の支援をしていきたいと考えています。

図1.当工場で使用している体調確認シート(著者作成)

図2.WBGT値と作業強度による熱中症リスク把握と対策
各県報告 鳥取県報告
社会医学系専門医鳥取プログラム

大谷眞二
鳥取大学 国際乾燥地研究教育機構
 鳥取県の人口は2022年5月1日現在、544,767人で、全国の都道府県の中で最少であることはよく知られています。人口が少なくコンパクトであることは長所でも短所でもあるのですが、感染対策という点で言えば、一定のアドバンテージがあったのではないかと思います。もちろん、感染者数そのものが少なかったこともあるのですが、別の理由として、医療関係者と行政との間で顔の見える関係を築きやすい、という点があるのではないかと思います。
2017年からスタートした社会医学系専門医の研修プログラムも、本県では、この「顔の見える関係」を生かして、「行政機関・大学合同プログラム(鳥取プログラム)」として運用されています。鳥取プログラムでは、定期的に社会医学系専門医プログラム管理委員会を開催し、指導医、専門医、専攻医はもちろん、プログラムに関わる行政担当者のみならず、社会医学に興味を持つ臨床医や学生も参加して情報交換を行っています。本年度はあらたに3人の専攻医が登録し研修していますが、行政の担当者や指導医との距離が近く、安心して研修に臨めるようです。
 社会医学系専門医制度は、社会医学領域の高い専門性を持った医師の養成を目的としており、日本産業衛生学会はその構成学会のひとつです。専門研修では、「行政・地域」「産業・環境」「医療」の 3つの分野について3年間の研修を「行政機関」「職域機関」「医療機関」「教育・研究機関」の4つの実践現場で行うことになっており、実際に、専攻医は事業所における安全衛生委員会や職場巡視などを経験する必要があります。
 産業医の職務や権限が広がると同時に、産業医の質が問われるような時代になりつつあります。日本産業衛生学会の専門医制度や社会医学系専門医制度は、この点を担保するものと思われますが、いずれも臨床系の専門医と比べて認知度が低く、その活動が十分に知られていないのが実情です。私自身、社会医学系指導医としての役割を果たすべく、この鳥取プログラムを通じて、まずは地域における産業医を含めた社会医学系の医師の教育に貢献できればと考えています。
編集後記
日本産業衛生学会中国地方会 会長
神田 秀幸
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科公衆衛生学
 COVID-19の世界的パンデミックからおよそ2年半が経過し感染収束の見通しができつつあります。一方で、2022年3月にはロシアによるウクライナ侵攻により多くの人々の生命が脅かされていることに心を痛めています。こうした世界情勢をふまえ、急激な円安が進み、1米国ドルが130円を超える日々が続いています。世界の動きから、物価の高騰などわが国の経済や生活にもこうした影響が打撃を与えつつあります。世界は広いようでつながっていることを実感します。
 本号は、学会のご連絡や各県の取組みを中心に盛り込んだ紙面で構成することができました。多くの執筆者の皆様方からご寄稿頂きましたことに感謝申し上げます。健康・生命は、何よりも大切にされなくてはなりません。大きな社会変化の潮流の中で、地元に根ざした活動、人と人をつなぐ産業保健ネットワークがよりどころになり、支えにつながることと思います。掲載紙面を拝見して、揺らぐ社会・変わる世界において、皆様がお取組みになっている、生活に根ざした産業保健活動は、働く人の健康を守り、快適な職場の形成に結びついていることを実感致しました。日頃からの先生方の活動に心より御礼申し上げます。
 当地方会では、10月には中国四国合同産業衛生学会地方会を、山口大学田邉剛先生を会長としてウエブ開催(一部研修会は現地開催)を予定されております。昨年開催された香川大会(学会長平尾智広先生)を参考に、当地方会でも同様の試みを実践して頂くところです。当地方会および中国四国地方は広域で、交通アクセスも便利でないエリアを含みますので、こうした開催方式が新しい地方会活動のスタイルとなるかもしれません。新たなスタイルでの地方会活動を通して、皆様方と議論を交わせる時間を楽しみにしております。
さらに、2024年に開催されます第97回日本産業衛生学会は当地方会を主管とし、広島市平和公園ゾーンで行うこととなっております。中国地方会が全国から注目される時期が訪れます。全国学会を通し、当地方会の産業保健関係者の資質向上にも活用できる貴重な機会ではないかと考えております。
 世界平和を、そして皆様の健康安全を心より祈念しております。